☆掌編小説「真昼の軍隊・御堂筋版」



 「我々がシュプレヒコールを挙げる原因が、分かっとらんのか?」と和夫は先頭に立って怒鳴った。

 「断固反対や、こんな理不尽なこと、うち、されたの初めてや!」と、慶子も和夫と先頭で後方軍を煽った。

 これは、1968年の真昼に、大阪は難波の御堂筋の出来事。慶子が、星条旗に火をつけて燃やしたのがきっかけ。それを大学生たちが、抗議して消した。そこまでは良かったが、彼らは慶子を素っ裸にして、公衆の面前で強姦し、それは輪姦にまで及んだ。

 しかも、その模様をブルー・フィルム業者が、彼ら大学生に手数料を渡して撮影した。それは闇商売に紛れ込み、政治家や経済界のお偉方に多額の値段で売られた。

 つまり、ベトナム戦争反対を叫びながらも、大学生たちは公然と私の彼女の慶子を犯し、ブルー・フィルムで記念として撮った。それがこの国の資本主義のレールに上手く乗って、その悪巧みな生産は富裕層の消費欲を喚起したのだ。

 事情を詳細に著したビラを貰い、熱心に読んでくれた老若男女の幾らかは賛同者として、このデモ行進に加わってくれた。然し、それをこんな形でしかマスコミに流せぬ苛立ちは、オルグの和夫にもあった。

 「君たちは中核、それとも革マル、或いは?」と、数人の警察官が慶子を取り巻いた。和夫は慶子を引っ張り出し、二人はデモ行進の雑踏に匿われた。警察官は後を追って、和夫たちを取り囲んだ。

 「煽動者は君たちか? ここは公共の道路だ。車もたくさん通る。君たちは公務執行妨害と共に、もっとひどい公共物破損、そして進路妨害罪と騒擾罪に値する行動をとっているのだ」と、ど近眼のレンズに太陽が燦燦と輝く黒縁メガネの中年の、叩き上げらしい警察官は大声で罪状を読みあげる。

 我々は戎橋へと至る。その行進の列は、50メートルにも達していた。大学生たちは、その後を追ってくる。

 実は私は、和夫でも大学生でもない。勿論、警察官でも慶子でもない、一介の市民にすぎない。

 然し、このデモ行進が示唆する世界認識は知っているつもりだ。それは、今やアメリカがベトナムを凌辱している戦争と、どこか同じ構図である。

 「実は私は、三文分子のフリー・ルポライターだが、今回のこのデモには、ベトナム戦争反対よりも、もっと緻密なモチベーションが内在している。私は、8ミリカメラを廻して宜しいか?」と、再び先頭に立った和夫と慶子に了解をとった。

 だが8ミリカメラが動き始めてから、後方にいた大学生たちが私のそれを盗もうとする。そこに、警察隊が来て双方を引き離した。

 「そのカメラは没収する」と、若い警察官は取ろうとする。が、大学生は盗んだカメラを道頓堀川へと投げ込んだ。カメラは、放物線を描きながら川に沈んだ。

 「何をするんだ。お前、公務執行妨害で逮捕する」と、その大学生に手錠をかける警察官。すると他の大学生は服を脱ぎ、道頓堀川へと飛び込んだ。手錠の大学生は、うなだれて警察官に連行された。

 「バカな奴らや。こんな汚い川に飛び込んだ大学生たちもその内、ド左衛門となるのは目が見えとるわ」と、道化師の姿でクラリネットを吹いていたチンドン屋が大声で叫び、再びチンドン、チンドンと戎橋を渡る。

 「和夫と慶子の二人は、デモを中止する!」と、和夫が言うのも、それは反戦運動ではなく、あくまでも彼らが被った暴行に対する非難を主とした、デモ行進であったからだ。

 「少ない時間、賛同してくれたあなたがたには感謝します。然し、肝心の大学生たちはもう居なくなった。故に解散を要求します」と、和夫が言ったとき

 私はこう叫んだ!

 「君たちのやったことは、ハッキリ言って犯罪に等しい。星条旗を燃やしたのも、デモ行進を煽動したのも、全て君たち二人だ。然し、このデモ行進をきっかけにして、何らかの革命が生まれる気運はあった。惜しいな、持続は力なりだし、この数を集めた君たちの功績は大きい」

 続けて「二人に成り代わり、賛同者諸君、ベトナム戦争の否は、アメリカ合衆国にあり。僕の持っていた8ミリカメラも、星条旗を生んだのも、そしてデモ行進を発案したのも、ブルー・フィルムのルートを作った資本主義を広めたのも、今やベトコンを爆撃しているアメリカ合衆国にほかならぬ。それだけは、どうか忘れないでほしい!」

 戎橋は、歓呼のシュプレヒコールで湧いた。和夫も慶子も微笑みを浮かべた。警察官も取り敢えず、警棒を引っ込めた。手錠の大学生も、俯いて和夫と慶子に謝罪していた。

 「ここには、今の世界を認識させる縮図がある」と、私は、いつの間にか持っていた拡声器のマイクで叫んだ!

 そして和夫も慶子も、かくいう私も騒乱罪に加担した罪で、警察官に連行されたのは言うまでもない。

(了)