4コマ漫画は、最期のヒトコマが決め手となる。大概は「オチ」という名の決まり手を用いるが、この4コマ漫画では吹き出しの「ま…今日くらいいいかな」という収拾をつかせて終る、些か微笑ましい最期のヒトコマがこの漫画の要となる。
    其では、最初からヒトコマずつ検討してみよう。プール開放日を告げる少年達の1コマ目を作者は、ロー・アングルの煽りの構図で描く。ここでは、ヌケの空の大半を占める入道雲の白さが強調される。この大気の白さは、続く2コマ目のプールの満々と称えられた水の色と共示作用を伴う。
    ここではこの白さがプールの水の起源となる雲の色と同調する事で、この液体が空を占有する雲の存在から生成されるという自然界のダイナミズム溢れる制度が認識できよう。そして更に重要なのはそのメカニズムを露呈しない晴天に包まれた、まさにプール日和を選択している事だ。そこでは空の白さと水の白さが、天と地という自然界の天地万物を表象するトポスのカタルシスを、この頭の2コマで描き切った所に作者の慧眼が窺えるのだ。
    そして3コマ目では、大人二人も子供達のミメーシスを自然と演じてしまう大人特有の遊戯的特権を行使する。ここで特筆したいのが、まさに「落下」の主題が導く4コマ目のルーティンな主題の「オチ」の役割を予告するかの如く、大人二人がプールに飛び込む事で体現している事だ。
    ここにはプールの表面に水の影が仄かに示唆される時、そこが落下地点を表す事でその行動を起こす人間が、恰も雨の代行作用を施す役割を担う。
    其は「ドボーン」という擬態語がどこかユーモアを浮かばせる事で、水と人間の児戯にも近い戯れの起源が、この万有引力による自然法則に則っている事からも明らかとなる。ここでも、前述した自然法則のダイナミズムの呼応を感得できる。そしてこの表象作用は、プールの水面が恰も天気予報図を想起させる構図に収まる事で、漫画特有の表層主義の勝利を呈するのだ。
    そして4コマ目のプールがまるで銭湯を思わせる構図で描かれる事で、ここに老若男の3人の商店街的平和が彩られる。ここでの「ま…今日くらいいいかな」という無礼講を強調する吹き出しが、1コマ目のプールの開放日だったという吹き出しとどこか対称的な構図に収まるのも、「平和」を表象する日のまさにモニュメンタルな1日の始まりに相応しい、これは4コマ漫画の帰結を誇示していよう。
(了)