フルマラソンとは実に持久力を伴った強い意志を持ちつつ、その長い距離の中で孤独と如何に闘うかに掛けた、極めて過酷なスポーツ。其を100回もこなした実に強靭な身体器官の持ち主の、この田中英文さんは傘寿も目前だ。彼はその魅力を「究極の道楽」と称する。
   そして彼を二人三脚で支える妻の千尋さん(70)も、「2017おきなわマラソン」を走り抜き100回完走を達成した。お互いが、凭れ支えつつこなしたフルマラソン。此を織田作之助氏の小説『夫婦善哉』の、波乱万丈の夫婦の絆と同等のものを分かち合った夫婦の歴史として賞賛したい。
   「一日でも長く一緒に走れたら」が、このとてつもない記録を生んだ夫婦の希望に満ちた願い。その激動の時代をバックボーンとした中には、ボストンマラソンに代表される爆破テロ事件など様々な風景があった筈。お互いがハイタッチする瞬間の美学は、例え一瞬ではあっても其処には夫婦の努力の結晶の実りがあった筈。
   自らのフルマラソンの100回完走の目標を貫徹した、今の「健康の大切さ」を唱えるこの夫婦のモットーには痛く感激した。並走するこの二人の笑顔に満ちたフォトに、筆者の恐らく人生の未経験に終わる夫婦という家族形態の過酷なる労働の一端を見る思い。
   夫婦とは野球に喩えるならば、謂わばキャッチボール。お互いの胸を目掛けて投げるのが、まさに夫婦の秘訣。其処には互いが反目しつつも語り合う事で達成される、平穏無事な夫婦の実相が存在する。
   ここにフルマラソンという人生の表象とも準えるスポーツによる夫婦の生き甲斐が、この二人の夫婦愛を一層高めるのだ。それには互いが労りながら、謂わば夫婦同士が医師と患者の関係を構築する時こそが、まさに「並走」というこの夫婦の人生のフルマラソンへのコミュニケーションの確立であろう。
   「走った後のビールが楽しみ」という千尋さんの、このビールの乾杯の末永い儀式を祈りつつ、此処に筆者の嫉妬も兼ねた駄文を掲載させて頂き、田中夫妻にこの感謝の意を捧げます。
(了)