パリで130人の犠牲者を出した同時テロが起こったのは11月13日。
トルコで自爆テロがあったのは、それより約一ヶ月前の10月10日。17日の日本の新聞で、死者102人と出ているから、規模はそれほど変わらない。
しかし、二つのテロに対する世界の反応には、温度差があるように思える。
トルコはシリアと国境を接しているし、テロが起こりうる可能性はフランスより大きいというイメージはあるだろう。だから、驚きの程度が違うのだ、と。
昨年私がフランスにいたとき、オペラなどの人が集まる駅は、軍人が銃を持って警戒していた。今年の新聞社およびスーパー襲撃の後は、スーパー近くの普通の通りでも銃を持った軍人の姿が見られた。
テロリストたちは、おそらく警戒のないところを探してテロを起こすのではないかとも思われた。
今回の悲劇は、だから全く予期できなかったことではない。むしろ、「こんなことが起こらなければいいが」と危惧していたことが起こってしまったと言っていい。
それなのに、この温度差は何だろう。
フランスはトルコより美しいのか。
フランス人の命はトルコ人の命より重いのか。
アンカラにテロが起こったときはそれほど騒がなかったのに、パリに起こったときには大騒ぎする。このような私たちの意識が、テロがなくならない土壌を作っているのではないか。テロリストに共感する人々を作り出し、テロリストたちが影響力を持ってしまう土壌を。
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