長男を産んで4年後に第2子妊娠しました。
妊娠発覚した時は長男とリハビリ入院してた時。土日は自宅へ帰っていたので、自宅に帰ってた時に発覚。すでに出血もあったし、長男を25週で産んでしまったから、喜び半分、不安半分で、とにかくすぐにリハビリ入院を終了することにした。
計算するとまだ5週か6週だけど、もうすでにつわりがあり、かなり体調不良…。
病院へ行けたのは8週の時、長男を産んだ総合病院へ受診した。 毎週受診し、心音も確認でき嬉しかった。 常に大丈夫なのかな?大丈夫なのかな?と心配していた矢先の事、10週の時に子宮頚管が3cmしかない、10週なのに臨月の長さしかないと言われ、張り止めの薬を一日4回処方され、安静にと、10kg以上のものは持たないようにと指導された。
でも我が家には歩けない長男が居てすでに12kg…車イスは25kg…
どうやって出産までやり切ろうか悩んだ。
長男は丸一日家に居ることができなく、奇声や頭打ち付けたりの自傷や私を叩いてきたりの他傷で荒れるので、必ずどこかへ出かけなければいけません。 こんな、体調悪い中、頚管を気にしないといけないながら、どこへ行くのだ…と思うとこだけど、長男は待った無し。
その頃通っていた肢体不自由児通園施設は母子通園なため、9時~15時で通えるけど、私もその時間拘束されるため、しんどくても横になれないからなかなか辛い。
主人は三交替、実家の親や主人側の親は協力的ではないから、なかなか頼れない…
そんなこんなで、19週の受診の日、頚管が2.6cmになり、先生に
これはヤバい、入院できる?いや、入院ね!
子供がいるし、用意もあるから今日は帰らないといけないよね? 明日、朝には入院手配するから朝、入院準備して来て下さい。
あれよ、あれよと事は進み、19週で切迫流産で入院になりました。
長男は私の実家へ。 長男のことは私しかみれないと思っていたので預けた事がなく、離れるのは初めてで、長男が私を探してると思うと涙が溢れ、病室で泣いてばかりいた。
主治医が病室に来たので、私はいつまで入院ですか?と聞いたら、期限無し、多分出産までかな?と言われて、頭真っ白…。
38週に帝王切開と決まっていたから、38週まで!? イヤイヤ、無理無理!
ため息つきながら入院して三日目、内診して頚管が2.2cmに。
先生にまたまた、これはヤバい!2cmくらいしかない、2cmきったらいつ破水してもおかしくない、すぐ手術します。ご家族呼んでくれる?と。
主人が、2時間くらいで来て一緒に説明うけて同意書にサインして、すごいスピードで術前検査が行われ、手術室からの連絡まちすることになった。手術は子宮頚管縫縮手術。1時間半の予定。
点滴、心電図、レントゲン終わったけど、なかなか呼ばれなくもう夕方…。
看護師さんに、もう夕方だし、土曜日だし、本当に手術今日するんですか?と聞くと、
するよ!先生が手術するって言ったら絶対。
何時になるかわからないけど、今日しますよ。
と。 じゃぁ、夜になろうが関係ないんだ〜とゆっくりしてたら、ギリギリ夕方手術室から、来て下さいのお呼びがかかった。
手術室につくとあぁ、またこの扉、またこの台、また海老反り腰椎注射、また両手縛られ血圧測りっぱなし… 点滴の薬5個もぶら下がってるよ…針は2個刺してるだけだけど…いちおお腹に胎児いるのにこんな薬漬けになって大丈夫かなぁ?と心配。
無事終わり、妊婦のICUでPICUベッドが移動になった。
わぁ〜またここだぁ〜…
長男の時に破水して運ばれてきた、窓もなく天井見つめて過ごした部屋だった。
ヤバい早く一般病棟へ移れるよう頑張らなきゃ!入院費もかなり高く1日9万円…
って考えてる余裕なくなってきた。麻酔が切れてきて、本来の痛みが…。
めちゃくちゃ痛い… 表面ではない、お腹の中が痛い… さすることさえできない、のたうち回りたいような痛みと同時に陣痛がきてしまった!
みんながこないでと祈っていた陣痛… 子宮口の回りを触ってると刺激で陣痛が起こる確率が…そうなったら破水のリスクが… って説明だったけど、主治医はこのまま頚管が短くなっていって長男と同じ前期破水になるのをどうしても食い止めたかった! 賭けにでたような手術…
手術が終わってPICUに入ったのは夜だった、その後、きてくれてた主人も母も帰り、朝まで1人でうなってた。看護師さんが常に部屋へ来てくれて寄り添ってくれた。
痛くて苦しくて目も開けられず、朝がきた。鈍い痛みはあるけど、やっと陣痛はおさまり痛みも和らいだ。
当然、トイレ禁止で導尿管で排便もベッド上。
またこの生活…いつまでかな〜。
経過はよく1週間で一般病棟へ移れて、2人部屋へ。
お隣様へ挨拶して、朝から夜まで仲良く話して、一緒にTV見て、お菓子食べて、本当に入院患者?ってくらい楽しかった。
でも、2人共パジャマだし、点滴ぶら下げてるし、入院患者に間違いない。
導尿管も抜け、トイレも自分で行けるようになった。でもトイレ以外起きたらダメでベッドの上に座ってたら、看護師さんにダメよと寝さされてました。手術終わってからは、張り止め点滴と3日に一回ホルモン注射。 筋肉注射だから、打った所が硬くなって左右交互だけど、ずっと熱持って腫れた状態。
しょうがない、子供を無事産むためだ、頑張らなきゃ。
点滴を内服にして、様子をみることに。まだ針は入れたままだけど、点滴は中止に。
もしや、退院が近い!?とテンション上がる。
長男の写メを主人や母や妹が毎日送ってくれる。長男は完全に笑顔がなくなっている。早く帰らなきゃ!と焦る。 でも今帰ってもお腹の子を無事に産めるのだろうかと不安にもなる。
内服にして安定したので退院が決まった。
退院指導で、3日に一回のホルモン注射を1週間に一回にして外来で打つ、張り止め1日4回、便秘は早産の大敵だから毎日出るように優しい下剤とゆうのが決まり退院。
待ちに待った長男との再会!泣きながら抱きしめました。よく頑張ったね、突然ママいなくなって怖かったね。
それからは主人や母や妹の協力のもと、38週まで無事安静生活を送り、出産するために前日に入院。 またまた術前検査をし、点滴をし、絶飲食し、翌朝から手術室へ。
1時間半の手術の予定が遅くなり、待機していた主人たちは心配していたようです。
前回の帝王切開での癒着がひどく、なかなか子宮に辿りつけなかったみたいです。
元気な産声とともに絵に描くような産まれたての赤ちゃんをやっと産むことができました。
感動の涙は出なく、やった…やった…と安堵感でいっぱいでした。出産はゴールではなくスタートだと聞くけど、私にとっては本当にゴールでした。
でも、この10ヵ月、ずっと薬漬けだった、手術もした。 本当に赤ちゃんに影響ないのか不安だった。先生に聞いても大丈夫としか言わない。
不安を抱えながらも術後の痛みが襲ってきた。
ベッド柵を叩きながら、おしぼりを目にあてながら四時間おきに痛み止め飲みながら耐えた。
術後4日から楽になってきた。痛みのあまり看護師さんに八つ当たりしたことを反省。
次男は長男と違い寝る、寝る。
起こして母乳飲ませてと看護師さんが起こしにくるくらい。
4年ぶりの赤ちゃんのお世話は新鮮だった。
可愛く、愛おしい。
本当に本当に私達の元へ産まれてきてくれてありがとう。