北海道今金町からやって来た登山家、起業家そして、株式会社 たおの代表取締役そしてよしもとクリエイティブ・エージェンシーの仲間だった栗城史多氏が亡くなられました。
彼は昔、「元ニート」と呼ばれていました。全国デビューとなる企画に進め!電波少年で有名な土屋敏男(Tプロデューサー)が「ニートのアルピニスト、初めてのヒマラヤ」というタイトルを付けたことがきっかけでありました。
6年前の2012年に指が凍傷してしまい9本切り落としたということです。今年の5月21日に遺体で発見されということです。
2018年5月21日、登山家・栗城史多氏は遭難により生涯を終えました、。
一説には、彼の物資が底を尽き、その最期は 凄惨を極めたと聞きます。
彼もまた、よしもとクリエイティブ・エージェンシーの偉業の影で消えていった無数の犠牲者の一人であります。


