浮誘 -FUYOU - / Be Spirited away 

 

浮【うく】

地上から離れ、空中にとどまった状態になる。一体化していなければならない部分が本体から遊離すること。

 

誘【さそう】

あるものに自分と同じ行動をとるように勧めること。他者に、あることをそうするように働きかけること。

 

自我確立とともに社会の矛盾を感じる中学生たち。すべてが画一化された現代社会に増殖する、無目的な人々のなかで、浮き出た子供たちを主題にしたのではないか。ー

---『ムーンライトシンドローム完全ガイドブック(双葉社)』より引用---

 

ヒント : 子供を信じるな

脚本 : 須田剛一 / プログラム : 野口俊雄 / サウンド : 新倉浩司

 

●ストーリー

 北雛代団地。通称、ピラミッド御殿の城壁のA棟の屋上。暗い表情の少年が今にも飛び降りそうになっているのを隣の棟にいる住人達が見ている。少年は両手を大きく広げて満月に近い月を見上げた後、叫び声を上げながら落下した。しかし、それを見ていた住人達はすでに関心を無くしており、それぞれの家に帰っていった。

 

 次の日、学校で帰宅途中のユカリをミカが興奮気味に追いかけてくる。ミカのマンションの前の団地で3回目の飛び降り自殺があったらしい。ミカは探索しに行こうとユカリを誘うが、ユカリは未だに噂話や不謹慎な事に首をつっこみたがるミカに呆れる。そこにチサトとアリサが現れる。珍しいコンビだが二人には弓道部に所属しているという共通点があった。アリサとユカリは初めて出会う。マイペースで物怖じせず敬語を使わないアリサにユカリは不快感をあらわにする。元気いっぱいのアリサに仕方なさそうに付き合うミカを見て、チサトはミカが去年のユカリに似てきたという。しかし、今日はあからさまに虫の居所が悪いユカリは怒って先に帰ってしまう。ふと、ミカは携帯電話が無い事に気付く。どうやら図書室に置いてきてしまったらしい。アリサと共に図書館へ向かう途中、廊下で校長先生に挨拶を交わす。校長はミカとアリサのクラスとフルネームを知っていた。アリサがいうには生徒全員のクラスと名前を覚えているらしい。図書室に入ると、アリサが本棚のほうでミカのPHSを見つけた。こんな場所にあるのはおかしいと怪しむミカだったが、はやく行こうとアリサに急かされる。

 

 ミカ達は一旦別れて自宅に帰り、私服に着替えてから団地の前に集合の約束をした。ミカが団地に到着するが、アリサもチサトも来ておらず、電話も繋がらない。そこへ団地の中学生がミカの前を通り過ぎていった。一人で探索をする決意をしたミカは後を追いかけると、地面に昨日の自殺現場だと思われる死体チョークの後が残っていた。すると足音近づき、3人の中学生がミカを取り囲んで強い言葉で罵倒して攻撃し、脅してきた。逆行になって顔がよく見えないが、3人は時折、「リル」という名前に怯えているような様子を見せながら、ミカにここから出て行けと罵倒する。

 

 遅れて団地にやってきたアリサは歩いている途中、泣いている女の子、ナナと出会う。ナナは、今日は自分が屋上からダイブする番になったと泣いていた。アリサはナナを助ける事を約束し、後で部屋に迎えに行くから自分が行くまでは絶対にドアを開けないように言う。ミカとアリサは合流し、ナナを迎えに行くが、ドアには鍵がかかっておらず、ナナは居なくなってしまった。ナナを探そうとした時、さっきミカを脅した3人組の1人、タケルと遭遇し、ナナの事を知らないかと訪ねる。ナナがダイブすると知って取り乱すタケルに、ミカは「ナナを守りたいなら行動しなきゃはじまらない」と叱咤し、リルが住んでいると噂されているA棟へ向かったアリサを追いかける。A棟に到着したミカだったがアリサの姿は見つけられない。一人で探索する決意をしたミカは、A棟の窓の明かりが付いている部屋を全部訪ねる事にした。

 

 だいぶ日が暮れた頃、チサトとユカリが団地へ向かっている。ユカリは何だかんだミカの事が心配しており、チサトはミカとユカリは恋人同士みたいだと笑うが、突然黙ってしまう。二人の目の前にヤヨイが現れた。出会うなり、チサトに皮肉めいた言葉で攻撃するヤヨイ。普段は温厚なチサトもヤヨイに対しては別人のように冷酷な態度をとっている。チサトはヤヨイの無礼な態度をユカリに謝罪するが、ヤヨイはユカリにも蔑みの言葉を向ける。チサトを侮辱された事を許せないユカリはとヤヨイに反論しようと詰め寄るが、ヤヨイはオーラを発動し怒りを露わにし、それに気付いたチサトもユカリを守るためにオーラを発動させる。ユカリは二人の放つ光に巻き込まれ、突然ふき飛ばされて団地の屋上に瞬間移動させられてしまった。

 

 一方、ミカは灯りの付いていた部屋を一部屋ずつ訪問していく。出てきた住人は全て子供だった。リルの事を聞き出すが、子供達はリルの事を恐れてなかなか話したがらない。なんとか子供達から聞き出した情報によると、どうやらリルは10階の一番奥の夜景が綺麗見える部屋に住んでいるらしい。10階に向かい、リルの家の一つ手前の明かりの付いていた部屋を訪ねると、「騙されないで、ここの子供はみんなウソツキで反対の意味の事しか言っていない」と助言を与えてくれた。姿はよく見えなかったがどこかで聞いたような、懐かしい声だった。「10階の10号室の反対、つまり1階の1号室?」ミカは101号室へ引き返した。インターホンを押すと、落ち着いた口調の中学生がドアを開けた。「あなたがリルちゃん?」「どうぞ入って」そう言ってリルはミカを自宅へ招き入れた。

 

 アリサはエスパー能力でマンションに漂う殺気を関知する。

「ナナちゃん……。ミカが危ない!」

 

 屋上、ユカリの目の前ではナナが今まさにダイブしようとしていた。パニック状態になっているナナを、ユカリはその場しのぎではなく、心からの言葉で説得する。「自分だって何回もくじけそうになった、その度に反動を付けて這い上がった。だから戻らなきゃ。いつでも死ねるんだから……」ユカリの言葉に心を動かされたナナは戻ろうとするが、自分を見つめる無数の目と笑い声に、監視されている、逃げられないと再びパニック状態に陥ってしまう。ナナは天にむかって「リル、ナナのダイブでこの団地を変えてみせる!」と叫び、飛び降りてしまった。

リルの部屋。明かりもつけず、薄暗い部屋のダイニングテーブルにリルとミカは向かい合って座っている。リルはこの団地で起きていることの真実をミカに話し始めた。

 

 リルはシンボルでしかなく、ダイブの指示はこの団地独特の周波数であるパルスが引き起こしているという。団地の住民は夫婦共働きの家庭が多く、団地の中学生には、居場所も時間も与えられていない。それを手に入れるために、その現状を変えるために、大人達に声が届くようにとダイブをしているのだという。ただひとつ、ダイブを辞めさせる方法があるが、ダイブを止めるか止めないかの判断を、リルはミカに託した。ダイブを止めて欲しいと願うミカ。リルはそれを了承する。

屋上、ユカリはナナがダイブしてしまった事に対して動揺する。階段を降りるとそこには安らかな顔で目を閉じているナナの姿があった。タケルがナナを間一髪で助けていたのだった。自分の行動にはミカの影響であると言うタケル。ユカリはミカの優しさと行動に感心する。

 

 チサトとアリサが合流し、アリサはエスパー能力を駆使してユカリを探しに、チサトはミカとリルの元へ向かう。カーテンをあけ、団地の光を見つめるリルは、睡眠薬で眠っているミカに本心と弱音と感謝の気持ちを打ち明ける。

 

 ユカリは団地の殺気や情念にまとわりつかれてしまう、覚悟を決めたユカリだったが、そこにアリサが現れ、エスパー能力を使って邪気を追い払い、ユカリを助ける。ユカリとアリサは打ち解け、ミカとチサトが居るA棟へ向かう。

 

 屋上。たたずむリルとそれを見つめるチサト。チサトは花子さんの姿になり自殺の先には苦しみしかなく、自殺くらいでは人は感心を持たないという事実をつきつけ、リルにダイブをやめるように説得する。「あの子供と同じなの?」と怯えるリルだったが、チサトの事を自分のことを迎えにきた天使だと思ってしまう。現実を見るように説得するチサトだが「そんなに人に心配される事ってなかった、でもおそかった」と言い残し、ダイブした。

 

 A棟へ到着したユカリとアリサ。そこへ帰宅してきた中年の男性がエントランスに向かう途中、ダイブしたリルの下敷きになってしまう。しかしあまりに奇妙な光景に二人は戸惑う。下敷きになった男性はリルを大切に包み込むようにして抱きとめており、リルはその腕の中で幸せそうな顔をして寝息をたてていた。

 

 その様子を屋上から見ていたヤヨイとチサト。ヤヨイは下敷きになった男性がリルの父親であり、リルの死を知った父親がリルを助けるために自ら下敷きになったことを明かす。作為的なものを感じたチサトは、ヤヨイの背後にいる存在を関知し、怒りを露わにする。ヤヨイはさらにチサトを挑発し、二人の人間の能力を超えたオーラバトルが始まった。

 

 マンションの一室の暗い部屋で、居場所の無い小学生がテレビゲームを遊んでいる。背後から少年が現れ、品定めするように子供達を眺め笑っていた。

 

 

●まとめ&このエピソードで解る事

・ミカが帰り道で見た救急車は団地へ向かう途中の救急車だった

ミカは富裕層の暮らすピラミッド御殿に自分が住んでいる事をコンプレックスに感じている

・ここの所、落ち込んでいたミカだったがすっかり元気を取り戻している

・この日のユカリは理由あってとても機嫌が悪い

・アリサとチサトは弓道部所属の先輩と後輩の関係

・アリサとユカリは初対面。ユカリのアリサへの第一印象はクソガキ

・アリサと居る時のミカはアリサのフォローにまわっているので、チサトはミカと会った頃のユカリに似てきたと言う

・廊下でミカとアリサは校長に遭遇する

校長は優しくフレンドリーなおじさんで生徒全員のクラスと名前を覚えているらしい

・ミカはピッチ(PHS/ケータイ)がなくちゃ生活できない

・アリサはそんな不便な物はいらないと言う

・アリサ曰わく、「アリサの世代は個々の時間を大切にするかがテーマだから退化の玩具は必要ない」

・そんなアリサだがポケベルは持っている

・この時、グループで携帯を持っているのはミカだけ

・アリサの家電番号は短縮5に登録されている

・リダイヤルの相手は白髪の少年だった

・「次は誰が死ぬのかな?」

・団地の向こうに見える夕焼けが美しい

・3人組の脅し口調と垣間見える虚勢っぷりが素晴らしい

夕陽で逆行になっていて表情がよく見えない演出が怖くて素晴らし

・中学生に高校生が「メスガキ」呼ばわりされる滑稽さと強烈なインパクト(そんな言葉あるんだと思った)

・ヒロシは性欲むき出しの恥ずかしい奴。ミカに脅されると「これからどっか行かない?」と手の平返しをする情緒不安定さ。(懲りずに後でミカを襲ってくるイベントもある)

・ミカは柔術を習っている(多分ウソ)

・リルには逆らえない

・いつからリルを恐れるようになったかは解らない、幼い頃からだったような気もするらしい

・ダイブした中学生達は本心では死にたくない?

・タケルは唯一話の通じる余地のある中学生

・世代間の対立が関係している?

・リルのやり方が全て正しいとは思っていない

・泣いているナナに「感動してるの?」と声をかけるアリサのアリサっぷり

・それでもちゃんと話を聞いてあげる姿勢のアリサは優しい

ナナを助けるために必死になるアリサの優しさや人柄をこの日ミカは初めて知る

・冒頭でダイブしたのはタクミ

・ミカは暗記が得意

ミカはアリサのエスパー能力とチサトのスーパーサイコキネシスの存在を知っている

・アリサはエレベーターに乗りたい

・アリサはエスパー能力で10階で起きるトラブルを予知していた?

・アリサはミカ達世代の処世術に否定的

下の世代にボロクソに言われながらも誰もやらないからあたしらが動く、それがあたし世代のやり方だというミカの強さ

・チサトはミカとユカリを恋人同士みたいだと茶化す

ユカリはなんだかんだでミカが心配で団地にチサトと共にやってき

・ユカリはチサトに妹がいる事を知らなかった

・普段は温厚なチサトだがヤヨイに対しては別人のように辛辣

・ヤヨイは昔から中立

汚染し破壊する人間側の肩を持ち味方するチサトを役回りの違う偽善者と呼ぶ

・自分の事は何言われてもいいけどチサトの悪口は許さないユカリ

・チサトのオーラは緑、ヤヨイのオーラは赤

・ヤヨイはナナを救うチャンスをユカリに与えた

・明かりの付いている部屋は少なく、人気もない

・1009号室でミカに助言したのは花子さん?

・「ザンネンデシタ、トラップニヒッカカル バカガイルンダ」

・リルを見つけた時のリルの声の落ち着きっぷり(もっと凶悪な女の子かと思ってた)

・今にもダイブしてしまいそうなナナを説得する時の緊張感

・ユカリの「いつでも死ねるんだから……」の言葉の強さ

・一度は思いとどまったものの、情念の目に惑わされて再びダイブしようとするナナ

・リルの冷静さ、落ち着き、達観しているような佇まい

・BGMの入り方が素晴らしい

・リル本人はパルスのシンボルでしかない

・団地独特の周波数「パルス」が皆の恐れている「リル」

・ダイブは自発的なもの

・団地では住人の世代によって分断されている

・朝はそれぞれの時間、昼間は主婦と(小学生以下の)子供達の時間、夜は高校生の時間、放課後から月が見え始めるまでが中学生の時間

・小学生は団地の敷地を使う時間を与えられていないため、どこかの部屋に集まってゲームをしている

・小学生たちのプレイしているゲームはクロックタワー2

パルスのシステムを生み出した元凶は子供に関心を持たない大人達

・「みんな安らぎが足りていない、幸せに、暖かみに飢えている」

・ナナのように「私なら変えられる」と思いダイブしてしまうのはパルスが原因

・ミカの思いがタケルの心を動かし、ナナを救う事に繋がった

・アリサは「はみだし刑事情熱系」派

アリサのボディービルのようなポーズでユカリの場所をエスパーし

・リルは本心では、ダイブで問題が解決すると思っていなかった。自分がダイブを止める行動を起こすきっかけを与えてくれたミカに感謝した

・カーテンを開け、向かいの団地の窓の明かりをバックに立つリルの美しさ

・シンボル(象徴)からサブスタンス(物質)になれる瞬間、リルは自分のリアルを取り戻すのだと言う

・SubstanceといえばJoy Dicision  そして New Order

・リルの笑顔

死んだ子供達の情念に襲われるユカリは「やれるもんならやってみろ」と言ってしまう

・ユカリを傷付けたら許さない!とアリサはエスパー能力でユカリを救出した(アリサが来なければ死んでいた?)

・ユカリは一旦意地を張るものの、素直にアリサに感謝し、打ち解けた

シンボルがダイブすればパルスは無くなると考えたリルを止めるチサト

・チサトはリルにそんな事をしても解決しないと言う。人が死んでも関心を持たない、みんな自分の事にしか関心がない

リルはシンボルがダイブをすれば意味のある死になると言うがチサトは死ぬ事に意味はないと主張する

・チサトはダイブで自殺した子供達は光を失っており、わずかな生への執着に希望を持っているだけだという

・感情的になったチサトは思わず花子さんの姿になってしまう?

・リルは花子さんになったチサトを見て、あの子供と一緒なの?と戸惑う

・リルも白髪の少年と接触していた

・リルはチサトの事を自分を迎えにきた天使だと思ってしまう

・「こんなに心配して貰った事って無かった。生まれて初めて、生きていて良かった。でも、遅かった」

アリサとユカリは、帰宅中のリルの父親にダイブしたリルが直撃するのを目撃してしまう

・リルは生きていて、幸せそうな顔で父親の腕に包まれていた

・ヤヨイの話では、今回のダイブはミトラやヤヨイが仕組んだ物ではないと言い張る

・ヤヨイ達は傍観しているだけと言うが、見ているだけじゃつまらないからユカリにちょっかいを出したとチサトに言い放つ

・チサトはヤヨイに激怒

・ヤヨイを止めてもミトラは抑えられない

・リルのダイブの後、団地のどこかの部屋に集まっている小学生を見下ろしながら微笑むミトラ。中学生の犠牲と改革は小学生の世代には効果がなかった?

・人間の作り出したパルスがミトラを呼び寄せるのか…?

 

 

●小ネタ&その他

・小学生の遊んでいるゲームはクロックタワー2(HUMAN)

・ナナ説得のシーンで「(適当に)慰める」を選ぶと「大人はウソばっかりだ!リルの言うこと聞かなきゃ」とすぐにダイブしてしまう。

・ナナを探さずにリルを見つけようとすると、ミカがアリサに説教をくらう

・エレベーターを使わずに階段でナナの部屋に行こうとするとアリサがブーブーと文句を言いながら上る

・階段を上った後にエレベーターを使うと、ミカがアリサに「あんたがギャーギャーうるさいからでしょ!」と怒る

・ナナの部屋に行かずに10階まで行くとヒロシがおり、ミカが襲われかけるがアリサが倒す(小説版に出てくるエピソードの名残り?性的なシーンのためカットされた?)

・ナナの部屋に行かずにリル捜索を選ぶと、ミカはアリサにミカの世代について説教される

・リルに勧められたお茶を拒否すると「最低な世代だね」と呆れられてしまう

・1010号室に行くと「トラップにひっかかるバカいるんだ」と言われ超常的な力でミカは攻撃されてやり直し

・ダイブする時、ちょっと浮いてるのも自分の意思じゃ無く、パルスの力で浮いてるのかも?

・『解析文書』にはダイブではなく自殺表記の箇所があるのはタイプミス?規制などで「ダイブ」に変更された?

・『刹那的に弱者である限り、第二、第三の「リル」は作られる』とあるので、リル達中学生の改革は、小さな村を作って逃避している小学生までには及ばなかった?

 

 

●感想

とにかく際だって濃度も密度も人気も高いエピソード。昔プレイした事がある人の「解らなかったけど、団地の話だけ好きだった」というコメントは定番。ストーリーもメリハリがあるし、面白さやユーモア、伏線もあり、なんといってもリルのキャラクターが須田節炸裂。団地や住宅地、またはホテルで何かが起きてしまうエピソードは、後のシルバー事件、25区、FSR、one night kiss、まっ赤な女の子でも出てくるので、須田さんが描くのが得意だったり関心の強いテーマなんだろう。「浮誘」は、世代間の不安や孤独、誰もが経験する思春期の焦りがうまく描かれていると思う。

 団地という限られた狭い場所の中で住人が作り出している異常なプレッシャーとルール。そこの住人で最も苦しんでいる世代である中学生。その中学生たちを、団地の外の人間であり、中学生が最も嫌悪してる世代のミカ達高校生が救うというストーリーもいい。プレイ当時は丁度、中2~3の時でリルとは同世代だったので、落ち着いててキリッとしてるリルがカッコよくて憧れてたし、高校生への憧れと拒否反応が混在している感覚とかも解るわ~という感じだった。上のコギャル世代の集団の威圧感とか下品なイメージとかミーハーっぽさに対する嫌悪感と自分が世界の中心みたいに思える事の憧れ。小説版での、中学生の高校受験を控えている状態のプレッシャーとか、あと周りの子が内申点を気にしはじめてピリついてる感じとかも身近な事に感じた。

 須田さん(シナリオ・ディレクター)の、どちらか一方ではなく、対立している者同士それぞれの思想や気持ちの揺らぎをしっかり描くスタンスはこの頃からあったのだなと思う。

 アリサや中学生の下の世代にボロクソに言われたミカが、ヘコみつつも「誰も動かないからあたし達が動くんだよ、高校生なめんなよ!」と反撃に出て、団地の中学生の考え方に影響を与えるのが良かった。ミカと出会った後のリルは「シンボル(象徴)からサブスタンス(実体)なる瞬間、あたしのリアルを取り戻すの」と言い、死ぬ事でシンボルの役目から解放され、たとえ死んでしまっても一瞬だけでも本来の自分自身に戻る事を望み始めている。リルはおそらくミトラと契約する事でシンボルとしての力を得たものの、ダイブでは解決できない事を思い知っていた。ミカ達の世代を否定していたリル達の世代を、ミカ達の世代が救うという構成がいいし、結果的にリルにも子供達にも無関心だった親たちである父親が自分の命を代償にリルの命を救うのも悲しくて美しい。

 ユカリがナナに言った、逆転の発想的な「いつでも死ねるんだから」は目からウロコで、当時かなり感動したフレーズだった。前作で、もしかしたら自殺してしまいそうなくらいに不安定で追い詰められていたユカリが、かつての自分のように苦しんでいる年下の子に発した言葉というのもグッとくる。誰もが不安定な思春期を過ごすから中学生の視点にもなれるし、その不安定な時期を卒業した大人だからこそ、中学生のために動き回るミカ達の気持ちも解るので、いつまでも色あせない秀逸なエピソードだと思う。

 リルやナナを始め声優さんの演技がうまいので、リルの諦めのような言葉やナナの悲しみが伝わってきたし、中学生3人組に脅され罵倒されるシーンはかなり怖かったし、瞬時に弱気になるのも解りやすかった。あと「クロックタワー2」のカメオ出演?も斬新だった。あの頃みんなでワイワイやってたゲームだし、印象とハサミの音とBGMで、現実の世界とリンクしてる感じがとても面白かった。

 あとこのエピソードで超能力の存在が明かされ、チサトとヤヨイ達の正体を仄めかされるのが良い。天使なの?花子さんなの?高次元に住む神様なの?暇を持てあました神々の遊び……?白髪の少年とヤヨイは初登場時から意味深で怪しかったけど、思ってたよりもハードなサイコキネシス的な能力を持ってて人間よりも高次元の存在っぽいっていうのが衝撃だった。そして、チサト、お前もか……。一方で、チサトがアリサちゃんの(エスパー能力)すごいねといったり、ミカがアリサの霊感やチサトのスーパーサイコキネシスの存在を知っていたり(お遊び要素かもしれないけど)。ユカリも死んだ中学生達の邪気に殺されそうになった所をアリサのエスパー能力で救われたのに平然としていたりして。ユカリはヤヨイのサイコキネシスで屋上に飛ばされた事もあんまり気にしてないようなので、ヤヨイの言うように単純な性格なのかも。あと、小説版だとヤヨイとチサトは瓜二つの双子だけど、向き合った時の横顔や能力の色や性格のアシンメトリー感があるので、ファッションで印象は違って見えるけど、同じ格好をしたらゲームの中でも同じ顔になるのかも。あと、チサトが花子さんだったというのは前作の頃からうっすらあったらしい。とにかくヤヨイに対してのチサトの言動は別人になったみたいにかなり辛辣。個人的にチサトとヤヨイが対立するときのオーラの手書き2Dで描いたエフェクトの感じが好きであそこが見たくてプレイした事もあったなあ。

 小説版はこの『浮遊』がメインストーリーという感じ。リルの弟のスミオ君が出てくる。

「小説版」についての記事はこちら。https://ameblo.jp/ibu999/page-3.html

 

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●『ムーンライト・シンドローム』が好きすぎて、雛代に住んでてミカの事も見た事あるような気分で書いた長編小説です。
「ムーンライト・シンドローム 慟悪スピンオフ」

https://www.pixiv.net/series.php?id=942840