小学生低学年の時だったか、記憶は曖昧だが忘れられない記憶がある。
当時も依然として母は忙しく5時頃に仕事から帰ってきてはピリピリとした空気を出して夕飯を作り始める。母は子どもを召使いと思っている節があり、見つかるとひたすら手伝わされる日々だった。
母曰く、家族の一員として当然でしょ?
という考えだったと思うが、当時の私からしたらただひたすら口うるさく言われ、父や祖母の悪口をひたすら聞かされ、召使いのようにこき使われる。母の鬱憤晴らしも兼ねていたように思う。本当に嫌な時間だった。自分のこともしっかりみてもくれないのにこんなにこき使うなんて。。。勝手過ぎる。と思わずには居られなかった。
ちなみに、周り子達は家の手伝いをそんなにしてない事に気づいて余計にやりたくない気持ちも強かった。
必然と母が帰ってくる時間は祖母の部屋に逃げるようになっていった。
ある日、いつものように母が帰ってきた。
私と姉は祖母の部屋で遊んでいた。
私は祖母とのカルタが大好きで祖母と一緒にカルタ遊びをしていた。
祖母は「お母さん帰ってきたよ?」と促してくれていたが、私達は“行ったらまたこき使われる”と思って夕飯になったら行こうと思ってしまった。
それが間違いだった。
しばらくして、母が「ちょっと来て」と呼び出しにきた。
私は、いつもと違う様子に「・・・(なんだろう?)」とワクワクして母の後に付いて2階に上がった。
怒られるなんてこれっぽちも考えて無かった。
2階に上がると姉と一緒に正座させられた。
母は目の前にどかっと座り、「お母さんが帰ってきたのに何でお帰りなさいを言わないんだ」と怒鳴り散らした。
あまりの剣幕に私達は気づかなかったと嘘を付いてしまった。
母は一層加熱し、その後はいつもの様に絶叫と号泣。金切り声で私達を罵り始めた。
「私はこんなに頑張っている」「姑が好きなら姑の子になれ、もうお前たちの母では無い」「さっさと行ってしまえ」「姑がどんなに嫌な奴か知ってるのに薄情者め」などなど、
近くにあった、長枕を持ってきて20~30回以上頭や体をボッコボコに殴られた。
物凄く痛い訳では無いが、母も全力で殴っていた。体が物凄く揺れ、姉は何度も倒れかけた。
あまりの剣幕に恐怖し、殴られ続ける中、ひたすら「ごめんなさい」と2人で土下座するしか無かった。
私にとってこの出来事はとてつもなく衝撃的で今でもクッションを持って殴る母の姿を鮮明に思い出す。
この時、胸に刻んだことがある、、、
“祖母と仲良くしたら母に嫌われる”
子どもながらに、祖母より母に愛されたかった。何よりも。
だから、この事を機に、少しずつ祖母と距離を置くようになっていってしまった。