オーケストラコンサートの休憩中に「え?!」と思った。


今、くる?


しゃっくりが出たのだ。

まずい。


時々演奏中に咳が止まらなくなって身を小さくしている人がいるけれど、しゃっくりの人はまだ見たこと (聞いたこと) はない。


咳よりしゃっくりのほうが、はるかに間抜けでより迷惑な気がする。 とてもまずい。


幸い、息を止めることを繰り返したり、喉の奥の方で水を飲むことを繰り返したら、おさまった。

しかし、その数時間後、私はとてもまずい状態になり、大迷惑をかけることになる。


「キレッキレのドン・ファン、格好良かった!」

「全然記憶がない。気がついたら終わってたって感じ。」

ヴィオリスト川本さんが、晩御飯に誘ってくださった。もと広告代理店勤務、いまは物を書いたり、カフェを経営したり、イベントプロデュース等多方面に活躍する方と一緒だ。彼も川本さんファンで色々なコンサートに出没し、知り合ったとか。


才能に満ち溢れた人、それを磨く努力を続けてきた人、1日が36時間くらいあるのではないかと思うくらい精力的に無駄なく動ける人(私がぼーっとしている時間は、こういう人達のところに配られているのかもしれない)、体力が私の10倍くらいありそうな人。

このような人達と知りあったから、お友だちになったからと言って、同じ人種(?)になったと勘違いしてはいけないぞ、と自分を戒める。でも、そのような人達の何気ない言葉に、ほほうと思ったり、なるほどと思うと、自分の中に小さな変化が生まれる。

初対面の彼は、遊びや趣味の引き出しが豊富。多分その引き出しを広げたり深めたりするときに知り合った人達の力を得て事業を展開させているのだろうと推測した。それは彼に求心力がなければできないことでもある。

遊びが仕事になり、仕事ももはや遊び。その思考回路が知りたい。おでんを食べながら(このお店も彼の引き出しから出てきたもの)生態観察したかった。


なのに。

今、くる?


目がチカチカしてきた。

脈が触れない。

体調がいまひとつのときにアルコールが入って、血圧がすとんと下がる経験を何度かしている。

多分疲れが原因で自律神経のバランスがとれなくなっているのだと思っていた。

脳に十分な血液が巡らないため、目がよく見えなくなり、耳まで聞こえにくくなる。当然顔面蒼白になる。

悟られないようにお水をもらい、飲み干すが追いつかない。お水のおかわりを頼む力がわかない。

気づいた川本さんが、お店の外に飛び出して、自販機で水とコーラを買ってきてくださった。

「こういうときは、コーラ!効くから!」

がぶがぶがぶ。

ああ、素晴らしい演奏家が、背中をさすってくれているよ。もったいない、もうしわけない、もったいない、もうしわけない。

ごめんなさい、ごめんなさい。


しばらくしたら、落ち着いてきた。

ああ、良かった。

ん?


両手の親指が掌側に曲がってしまった。戻らない。痛い。

左脚もつっている。

これは今までにない経験。

血管内脱水?

まさかの熱痙攣?


とりあえずおでんの出汁を飲む。塩分は入れるべきだと、ぼーっとした頭の中で考えたから。

立ち上がり、座り直す。

「ごめんなさい。脚がつって。」

隣の女性が、「脚、もみましょうか?」と申し出てくれた。あ、同業者だと直感。(ビンゴ!ナースでした。)

「大丈夫。熱中症かもしれない。お出汁飲んで様子みます。」

彼女も私の口調で、あ、同業者だと思ったらしい。同時に、自分が勤務する病院に搬送することもあり得るぞ、「今日の当直の先生、誰だっけ?」と考えていたとか。


・・・ご心配おかけしました。

脈が触れるようになりました。

顔色戻ってきました。


そこからは、隣の彼女と『病院あるある』や、どうしようもない医者をこきおろして盛り上がった。松本に長期滞在する川本さんは近隣の病院情報を仕入れていた。

何より有難いのは、美味しいお店情報。次に来るときに役にたつ。すぐに検索し、スクリーンショットをメモ代わりにする。


心残りの一つは、おでんをあまり食べられなかったこと。


練り物は福岡のお店に頼んで作ってもらっているとか。

朝のお参りの深志神社の道真公といい、ここの練り物といい、福岡につながっているなあ、追いかけてくるなあ福岡と可笑しくなる。


壁のお品書きに書き添えてある産地を見る。

一人で切り盛りしている店主は、美味しいものを提供するためには、日本全国探し回る人とみた。

デザートに出てきたのは、伊勢からお取り寄せの『お福アイスマック』。こし餡アイスキャンデーだ。この甘さと口の中でほろっと崩れる感覚がなんともいえない。私はこちらに戻ってすぐにお取り寄せできるサイトを探したし、川本さんは翌々日このお店に寄ってアイスを分けてもらったらしい。


心残り二つめ。

私がまだあふあふしているときに、話を聞きたかった彼の電車の時間が来てしまったこと。


「うーん、来年5月末に小倉で一緒にご飯できるかもよ。」

別府のアルゲリッチ音楽祭の時期だ。また会えるといいな。今度は万全の体調で。


続く旅。

次につながる旅。

今度松本を訪ねるとき、私はふらっとこのおでん屋さんに行くだろう。(いつも満員御礼状態らしいけれど。)

隣の席の元気なナース。名前は聞かなかったけれど、Instagramはフォローしあった。またディープな松本情報を教えてもらうかもね。