(前回から続くような、続かないようなお話。)


小学生の私(『りぼん』世代)がぐずぐず言っている。

「転校したくなかったんだってば。そしたらずっとずっと仲良しでいられたのに。」

大学生の私(『ぶーけ』世代)が唇をかみしめる。

「もっと素直になっていたら良かったのよ。」

 

「まあまあまあ、もうどうしようもないんだからさ。」

なだめるのは現在の私。

「なによ、だらだら生きちゃって。ここにいる人達みたいに研究を続けるわけでなし、臨床を頑張るわけでもなし。家庭と仕事の両立で苦労するわけでもなく、一人でふらふらと・・、のほほんと・・!」

『ぶーけ』が私にかみつく。

「あなた達のなれの果てよ!」

私は一喝するが、自己嫌悪しか残らない。

 

脳内会議、炎上中。

 

不思議な会合に招かれた。ある人の業績をたたえ、囲む会という名目だったが、私はそのグループに所属しているわけではない。囲まれる彼もいまさら教授選に出る年齢でもない。

「なぜ、私が招待されるのかわからない。会の目的がわからない。」

該当するグループの友人に聞いてみた。彼女も「うーん、なんだろうねえ。招待状に書いてあるとおりの会なんだろうねえ。」と少し困惑していた。

「白い巨塔のクーデター、決起集会じゃないよね?政治家のパーティみたいな会でもないよね?」

どんどん失礼な発言をしたのだが、それがそのまま幹事にも主役にも伝わったようだ。

受付で「O先生が呼びたいとおっしゃった方々をお招きしています。」と見知らぬ後輩に丁寧に言われたから。帰り際に、O先生自ら私に「今日は僕が会いたい人を呼んだの」と説明したから。(後日お礼のメールでも説明された。ああ、はずかしい。)

 

招待をお断りする理由はないし、この不思議な会の目的も(人づてにではなく)知りたいし、滅多に会えない先輩たちに会えそうだというのが出席を決めた理由。ただもうひとつ、胸の中にざわざわする気持ちがあった。

来るかもしれない。

会いたい?会いたくない?

グループが違うから来ない?いや、O先生と仲が良いから来る?

仮に来たとしても、おそらく立食だろうから上手に避けることはできるはず。いや、withコロナだから円卓かもしれない。まさか同じテーブルになることはないだろう。

 

そのまさかだよ。それも真正面だよ。

席表でそれを知ったとたん、脳内会議が始まったというわけ。

 

「あら?しまりすさんじゃなかね?何年振りかね?」

不自然な声のトーン。わかりやすい人なのだ。少し距離をおきたいときは、私のことは名字に「さん」付けで呼ぶ。例えば、親密なガールフレンドがいるときは名字に「さん」。しまさん。そうでないときは名前に「ちゃん」。りすちゃん。

今回はフルネームに「さん」をつけてきたよ。

「20年ぶりくらいじゃない?」

私も胸の前で不自然に手を振ってみる。

『りぼん』が「かーわいーい」と言い、『ぶーけ』が「白々しい」と馬鹿にする。

 

乾杯のあと、皆思い思いに話したい相手のところに行って、おしゃべりが始まる。

あーあ、やっぱり。

出席したことを後悔しながらも、こういうことでもなければ会うこともなかったわけだしと思う自分もいる。冷静になるために、下を向いてゆっくりゆっくり料理を口に運ぶ。


(もくもく)
(もくもく)

(ぱくぱく)

いや、私はこうなることを予測していたし、期待していたのじゃないかと思ったときに、肩をぽんぽんとたたかれた。


しまった!背後にまわられた。

彼は左手を自分の左胸に、右手を右胸にあてて、「こっち?」という顔をし、そのあとその手をそのままお腹に下ろして首を傾げた。

私も黙って自分の手をお腹にあてた。

年賀状で30字・2行以内の近況報告はしている。彼は手術した場所を聞いているのだ。

 

「大変やったね。」

「でもI先生のおかげで、すぐに診断がついて、腫瘍マーカーの異常がわかった1週間後には治療方針まで決まってしまったんだよ。」

この日の幹事をつとめるI先生は彼と仲が良い。そうかそうか、良かった。この齢になると色々あるもんね。俺も膝とかガタがきてさ。

(膝と一緒にしないでくれよ・・・。)

 

お父様のお悔やみを言って、お母様がお元気であることを聞いて。

 

「あ、3年くらい前かな。チカちゃん家に久しぶりに行ってね、帰りのバスが来ないから電車通りまで歩いたの。そのときにクリニックの前を通ったよ。『おお!』と拝んできた。」

「しまさんの家はどこやったかね?橋を渡ったね。F橋?」

「違う。S橋。渡って、坂をちょっと上って、曲がってすぐ。チカちゃん家は坂を上って上って、山の上。」

どうして、20年ぶりに会ったのに、売ってしまった家の場所や橋の名前を教えなきゃいけないんだ。

「チカちゃんのおばちゃんに『腕のいい院長がいます』って勧めといたから。」

わはははと彼は笑う。そうそう、同級生のお父さんやお母さんが来てくれるとさ。K君も患者さん。わかる?K君。わかるよ、体格が良かった子。

 

それから私たちは共通の友人の消息を教えあった。

 

「りすちゃん、帰ってこんとね?」

この場合の帰る場所は、佐世保ではない。長崎のことだ。

「雇ってくださーい」と『りぼん』が言い、「ばーか」と『ぶーけ』が寂しそうに言う。

私はゆっくり首を振る。

 

会はおひらき。

友人と階下に降りている途中で、何も言わずに出てきたことに気づいた。

改めて「じゃあね」と言うのも変だけど。どうしよう。次はいつ話せるやら。

 

「ちょっと待ってて。」

友人に言って、反対側のエスカレーターに急ぐ。向こうも降りてきていたら、すれ違うかもしれない。

「そんな行き違いが結構あったよね。会えるかどうかわからないんだから、わざわざ行かなくていいんじゃない?」とつぶやく『ぶーけ』。一瞬迷ったが、私は彼女に挑戦的に言った。

「年をとって心の贅肉が落ちた女の振舞い、ちょっと見てなさい!」

 

会場の出口付近を探すが、いない。ああ、やっぱりね。いつもこんな感じだよねと思って帰ろうとしたら、向こうから歩いてきた。

「あのさ、挨拶するの忘れたからさ・・」とぼそっと言ったら、すっと手が伸びてきた。

黙って私も自分の手を伸ばした。

触れたか触れないか、感触が記憶に残らない不思議な握手だった。

 

そのまま友人のところに戻る途中。

「ちょっとはあなたの後悔、軽くなった?」と『ぶーけ』を見る。

「わーい、握手した」と無邪気に言う『りぼん』。

『ぶーけ』は「でもさ、なんだか今生の別れみたいだったよね」とつぶやく。私も「そうよね、冥途の土産と思った」と言った。

 

幼いときにどこかで見つけた、きれいな石みたいなものだ。太陽に向けるときらきら輝いて、宝石じゃないかしらと嬉しくなった。毎日のように日にかざしていた。宝物だった。

ずっと大事に持っていて、子供とは呼ばれない年齢になってからは、ポケットの中に入れていた。たまにその存在を忘れることがあったけれどね。へへっ。だけど確かにいつもそこにあるもの、だった。

多分、これはうぬぼれではなく、彼も同じようなものを持っている。彼の場合は散らかった部屋のどこかにあって、時々見つけては「おっ?ここにあったか?」と眺めては、またどこかに紛れさせていたのではないかしら。

そしていつか私たちはお互いの宝物を箱にしまった。蓋を開けることなく、でも捨てずに持っている。

あの頃きれいに光っていた石は、もしかしたらただの石ころかもしれない。箱にしまっているから、宝石のように思えるのかもしれない。或いは、昔、七色に輝いていた光の記憶だけが箱の中にあるのかもしれない。

 

そういうまとめ方で良いかしら?

私は『りぼん』と『ぶーけ』に問いかける。

『ぶーけ』は頷く。だが、小さな声で「あなたが一番こじらせているんじゃない?」とも言う。

突然『りぼん』が無邪気にこう言う。

「結局、わたしたち、オトメなのね!」

『ぶーけ』と私は、顔を赤くしてうつむいた。