原点にして頂点の冒険譚




これほどまでに波乱に満ちた冒険物語は他にあっただろうか。

一人の英雄が語る、もうひとつのホメロスの物語。

この作品の主人公は前回の『トロイア戦記』と前々回の『イーリアス』にも度々登場していたオデュッセウス。

彼の、故郷に帰るための海の冒険とそれからが描かれている。

作者についてはこれまで幾度と紹介してきたので、早速あらすじからいってみよう。


あらすじ


トロイア戦争はギリシア側の大勝利に終わった。

無事に戦いを終えたオデュッセウスは、故郷であるイタケへと帰還しようとするも、船は嵐に遭い漂流した結果女神カリプソの島へと辿り着く。

そんな彼の状況を見た神々は、オデュッセウスを故郷に帰すことを決議。カリプソにも帰らせるよう指示し、筏を作ると大海へと送り出した。

航海は順調に思われたのも束の間、漂流している広く大きな海を支配する神、ポセイドンが現れる。

その神はオデュッセウスを敵対視していた。

"この世のもの全てを破壊する"三叉槍トリアイナを彼に向け、船を破壊してしまう。

海中に投げ出され、死を覚悟するオデュッセウス。

しかし、そこに救いが舞い降りる。

海の女神レウクテエと、常に彼を守り続けているアテナの助けにより、何とか死を回避したオデュッセウスはパイエケス人の国へと辿り着く。

そこで、国王アルキノオスの娘(つまり王女)のナウシカと出会うと、これまでの苦難に満ちた冒険を語る。

しかし、いつまでもこの国に居るわけにはいかない。

故郷のイタケでは、オデュッセウスは死んだ事になっており、美しいことで評判のオデュッセウスの妻ペネロペとその財産を狙うべく多数の求婚者が押し寄せ、好き勝手に飲み食いし、領地を荒らしていたのだ。

このままではペネロペが危ない。


オデュッセウスとしては何としてでも故郷に帰らなければならない。

そんな彼は上記の接触の甲斐もあり、アルキノオスらの協力を得て遂に帰国を果たすこととなる……。


感想


オデュッセウスがカッコよすぎる。

これに尽きる。

カリスマ性を備え、機転も利いて、そしてアキレウス程では無いが武勇にも優れている。

こんなにも恵まれた男が他にあるだろうか。

そんな人間が主役の作品。

面白いに決まっているだろう。


私も『イーリアス』と『トロイア戦記』の続編として読んでみたが、普通に面白い。

冒険物語が好きでない男の子が居るだろうか。

ただ純粋にこの気持ちがあるのみだ。


そして、前作までのものと比べると遥かに読みやすい。

『イーリアス』は最初から最後まで戦いの記録だ。

『トロイア戦記』も続編ゆえにその色が濃い。


だが、今作は冒険ファンタジー要素が前面に出ているので物語の変化に富み、読んでて飽きないのだ。

実際に「『イーリアス』と比べて『オデュッセイア』は読みやすい」という声もいくつか聞く。

これまでの二作もギリシアの神が登場する性質上神話性と言うかファンタジー面はある事にはあるのだが、今回の作品はよりその部分が強い。


かなりぶっちゃてしまうと、別に『イーリアス』を読まなくとも『オデュッセイア』は楽しめる。

直接的な繋がりは皆無なので、この作品だけ読みたい!

という場合でも楽しめる事は間違いないだろう。

是非とも一読してほしい作品のひとつだ。


ただ、ひとつだけ注意してほしい事がある。

それは、作中の時系列だ。


『オデュッセイア』を読んだことがない人でも、作品の中身がド派手な冒険物語ということだけでも知っている人が多いだろう。

それはその通りなのだが、その膨大な冒険エピソードのほとんどがオデュッセウスが王女ナウシカに語るものが大半なのである。

そのため、時系列がグチャグチャになっていると思う読者も多いと予想してしまう。実際に私がそうだった

なので、オデュッセウスの歩んだ道を纏めてみようと思う。


Ⅰ トロイア戦争からの帰還。嵐に遭う


Ⅱ イスマロスの町へ到着。


Ⅲ ロードパゴイ族の国へ。部下が彼等の持つ木の実ロートスの実を食べてしまい、帰国を拒否しだす。オデュッセウスは無理矢理部下たちを船に乗せ出航


IV キュクロプスの島へ。部下を多数失うもキュクロプスを倒し再度船旅へ


風の神アイオロスの島に到着。風を操る袋を入手し更に船を動かすも部下が勝手に袋を開けたことで船は逆戻りしてしまう


VI アイオロスに見捨てられ、その近くの島に到着。しかしそこはライストリュゴネスという巨人のいる島で多数の部下が食い殺されてしまう。オデュッセウスは何とか船で逃げる事に成功


魔女キルケーの島に到着。何だかんだあってオデュッセウスはキルケーと恋仲に発展。


Ⅷ 故郷に帰りたいオデュッセウスはキルケーから冥府へ行くようアドバイスを受け、冥府の旅へ


セイレーンとの遭遇。海の魔物スキュラの恐怖。太陽神ヘリオスの祟り


Ⅹ 漂流の末、女神カリプソの島に流れ着く。この時点で部下は全員死亡(『オデュッセウス』はここから始まる)


ⅩⅠ  筏を作るも、ポセイドンの怒りに触れ更に海を漂流。パイエケス人の国に辿り着く。オデュッセウスはナウシカにこれまで(上記の話すべて)の旅を語る


つまり、読者は作中のナウシカ同様彼の歩んできた旅をこの時点で初めて知ることになるのだ。

もしもこの作品を実際に読むとしたら、この時系列を参考にしていただければ幸いである。




​『オデュッセイア』は史実か?


A.分かるわけがないだろう、そんな事。


『オデュッセイア』とは、勇士オデュッセウス個人の物語である。

そして、更にこれまで言ってきたようにファンタジー色が強い作品である。

事実であると断定するのが限りなく難しい。

まだオデュッセウスに相当する当時の人物が判明してしまえばかなりの手掛かりを得られると思うが、それが無い今何とも言えないところではあるのだ。

ただ、トロイア戦争が実際に遭ったであろうと言われている今、オデュッセウスに相当する人物は居たのではないか、という事は十分考えられる。


では仮に、オデュッセウスが実在したとして、この話の何処までが事実なのか。

そして実際はどのような形であったのだろうか。

ド素人の私が勝手に考えてみた。


仮説その一:戦死者への鎮魂歌

オデュッセウスはトロイア戦争で戦死、若しくは帰還途中の嵐に巻き込まれて亡くなったものの、「いや、オデュッセウスは実際には凄い人だったんだ!」という地元の人々の願望が込められた結果盛りに盛られた伝説集の成れの果てとなった説。

それを数百年経ったあとにホメロス(とされている人々)が作り直した作品となって今に残る。


仮説その二:異民族征伐の物語

日本で言う『桃太郎』みたいなパターンである。

昔話の『桃太郎』はおとぎ話ではあるが、実はモデルもしくは実際に遭った出来事が反映されているのではと言われている。第七代天皇の孝霊天皇の皇子キビツヒコ若しくは第十代天皇の崇神天皇が派遣した四道将軍による自らに従わない所謂まつろわぬ民つまり鬼(と一方的に呼ばれた人々)の征伐の物語。それのギリシアバージョンという説。実際に異民族と思われるキュクロプスを倒すシーンが存在する。


仮説その三:妻への言い訳

オデュッセウスは結婚している身でありながら、旅の途中にキルケーやカリプソといった美女とのロマンスに花を咲かせている。

しかし、それを妻ペネロペに正直に言える訳がない。その為に生まれた言い訳が壮大な冒険物語へと発展した説。個人的には一番有り得ないが一番あってほしいと願っていたりする。


仮説その四:後半の求婚者たちとの戦いが実話だった説

前半の冒険と、後半の家族を守る戦いが元々別作品であったが故に、個人の話の色が濃い後半の話が実話であったという説。

伝ホメロスが長い永い時の中で二つの物語を掛け合わせてしまった可能性。

『イーリアス』とあまりにもかけ離れた作品のため、「本当に作者はホメロスなのか?」という疑問は実際に存在している。


……などなど、色々考えてみたが推測でしかなく証明のしようが無い。

なので、分からないとしか言えないのだ。


​まとめ


非常にテンポが良く、そして(前作や前々作と比べて)読みやすいという評判の今作品であるが、それゆえに事実であったかどうかをはっきりと述べる事が出来なかったのが非常に悔しいところである。

しかし、それを抜きにしてもこの作品は『イーリアス』と共に後世に生まれることとなる作品たちに多大なる影響を与えたものであることは間違いない。

文化的にも文学的にも是非チェックしてみて欲しい作品のひとつである事だけは確かである。

そして、ネタバレになるのであまり言いたくは無いが、ギリシア神話(と言うよりその派生)としては珍しくハッピーエンドで終わる。その点にも注目すべきだろう。


ホメロスが綴った物語、言い換えれば叙事詩環は今作を持って今後こそ終わりを迎えた。

オデュッセウスは無事に家族を守り切り、ハッピーエンドとして幕は降りる。


だが。

素晴らしい作品であるが故に後世に与えた強すぎる影響。

そこから、また新たな続編が誕生することとなる。

遡ることトロイア戦争その時。

炎上するトロイアの街の中を、神の加護によって護られていた一人の青年がいた。

その男の名はアイネイアス。

トロイア人の彼は燃え盛る故郷を捨て、新天地を求めて旅に出る。


次回ウェルギリウス作『アエネーイス』

乞うご期待!!