lato



tito



ポークカレーやっちゃいましょ〜♪

それでは皆さんご一緒に〜♬

いっただきま〜す🎶



いい感じ♫

豚肩ロースは時短で出来ていいわぁ〜♬



スープも鶏スープで◯



美味しゅうございました♪

かんぺき♫



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第六章|バブルの後も調子◯


毎日通っていた場所があった。

東陽町にあった「ホテルイースト」。

鹿島建設とホテルオークラが組んで建て、運営はオークラ。レストランの名前も「桃花林」や「さざんか」と本家と同じだが、客層や空気はまるで違った。いかにもバブルの勢いで建ったホテルだった。


箱崎のロイヤルパークホテルにも通っていたが、対応はイーストの方がよかった。


夏になると無料券をくれるので、そこのプールによく通った。

メインプールはとても大きく、サイドにジャグジーがいくつもある。


プールサイドバーを抜けると、幅四メートル、長さ五十メートルの“見せるプール”。途中に橋がかかり、外からも見える設計だ。そこで泳ぐのが好きだった。その先にドッカーンとメインプールが広がる。


昔からの親友で、124仲間の洋ちゃんとは東プリにもよく行った。更衣室で偶然会ったこともあったなぁ。


バブリーなプールだったが、やはり落ち着きでは東プリやオークラ本館にはかなわない。


いろいろなホテルを見てきた。

ホテルオークラのスタッフはこうだ。


・佇まいと品格、そして育ち

・立ち居振る舞いに表れる教養

・姿勢ににじむ背景

・佇まいが語る質



私は小学校二年から「東京スイミング」に通っていた。ジュニアクラスではとにかく泳ぎっぱなし。小学校の級は一級の上に特B、その上に特Aがあり、五年生で最上級の特Aまで進んでいた。水の中は昔から得意だった。


同じクラブ出身の後輩に北島康介がいる。年代はまったく違うし一緒に泳いだわけではないが、後に知って不思議な縁を感じた。

田端と新三河島近くの商店街にある肉屋が彼の実家だ。お母さんの揚げるコロッケは美味しいと評判。


話戻して


ホテルイーストでは、平日は昼食をほぼ毎日、夕食もたまにここで済ませていた。

駐車場にはセルシオ(のちのレクサスLS)とメルセデスSクラス。

当時のトヨタとメルセデスの最高クラスを二台持ち。フルモデルチェンジになると変え買えていた。

それに加えて人数乗せられるエスティマくらいしかなく、アルファードやレクサスはなかった。

身内の通勤のボルボだったりクラウンだったり。

そうそうサラリーマンの社会は車でほぼ役職がわかる。部長が来てるなぁとか今日は課長しかいないとか今日は会長が来るとか駐車場を見るといい。


車でホテル入りは駐車場に入れず、いつも車寄せの花壇側へ。ベルが立つ正面に駐車した。

ゴルフを紹介してくれた“沼っさん”も虎ノ門から顔を出してくれた。


会社のイベントや就任式もすべてこのホテル。


「税金を払うくらいならホテルで使え。高級車を買え。」

そんな感覚が当たり前。


スーツやオーダーシャツ、生活用品は日本橋東急の外商扱いだった。

この界隈は日本橋三越、日本橋高島屋に挟まれた永代橋通りそう今のコレド日本橋があった場所に東急があった。

東急は鉄道、三越と高島屋は呉服商がルーツ。

東急は渋谷109イチマルキュー は有名だが元々十九(トーキュー)東急バスのナンバーは109が多い。

キーボックス番号: 東急グループは109が多く、三井グループ系列は321(ミツイ)の設定が多い。

マンションのオートロック解除No. は5963(ご苦労さん)が業者向けに多かったりする。

また余計な話になりがちなあたし♫

東急の家具売場経由で大理石テーブルをいくつも買い、そこから直接イタリア家具を会社の応接室、保養所、自宅へと揃えていった。




そして.金もたくさん扱った。


美術品では、松の大きな盆栽をそのままK18で作り込んだものや鷹の置物。

仏具はロー付けが少なく無垢が多い。資産家が子どもへ財産分与として“塊”を渡す感覚だ。


一番売れたのは「おりん」。

仏壇で線香をあげ、チンと鳴らすあのおりん。


まぁ、よくこんなものを売っていたなぁ。


面白いのは仕入れだ。

5寸のおりんの仕入れは、ほぼK24単価ベース。

しかし実物はK18。


つまり、25%が加工賃のような計算になる。

わかりやすく誰でも計算しやすい。


そこからさらに約25%を乗せて販売していた。


4寸〜5寸が一番売れた。

5寸で約2kg弱。おりんは黒檀台座に西陣織の座布団、桐箱付き売価¥2,500,000〜¥3,200,000.

今の金相場¥30,000/gで計算すると

K24換算で1個約¥60,000,000.-


おりんはほぼインゴット同様のK18地金。

あの音色と鳴り止まない響きは金ならでは。

真鍮とは全く違う。


ちぃ〜ん♪


あの頃は今では考えられないが、30年ほど前の話だ。

K18がg/¥1,000を切った時代もあった。

Pt1000は5,000円台時もあった。

当時プラチナはゴールドの5倍 王様の地金と言われていた。

しかもPt950の割金5%パラジウムが、ロシアの動き一つでプラチナより高くなる。


主役より脇役の方が高い。


当時は誰もが結婚指輪にプラチナを使っていた高価だから。

それとクレジットカードもゴールドカードの上はプラチナカードとね。

今は

k24が¥30,000.-/g

Pt1000が¥5,000.-/g 

と完全に主役交代。


相場ってのは、いつだって人間より正直で、そして残酷だ。


カードと地金の序列

バブルから2000年代前半。

価値のイメージはこうだった。

金 < プラチナ


金はどこか“成金”。

プラチナは“本物”“格上”。




婚約指輪はプラチナが常識。

クレジットカードもゴールドの上がプラチナ。

相場はプラチナは金より高かった。

感覚も相場も一致していた。

しかし今は完全に逆転。

金が王様。

プラチナは静かに脇役へ。


それでもカードの序列は変わらない。



さらにその上に“ブラックカード”が生まれた。

年会費38.5万円もう意味がわからない。

ご飯食べてこのカードを店員、周りに見せたくて、プレゼント沢山といっても意味がわからない世界。


これは相場の話ではない。


富裕層の細分化。ゴールドが大衆化し、プラチナも広がり、

さらに上を作る必要があった。

地金の序列ではなく、

階層ビジネスの進化。

相場は正直だ。

だがブランドは、物語を売る。


おりんの次に売れたのは盃(さかずき)。

やっぱり塊だね。正月は18金の盃で祝っていた時代があった。




5寸のおりん、5〜6個10kg程買っておけばよかったなぁ。チィ〜んとね♫


今思えば、あれは間違いなく一つの時代の頂点だった。


くだらない話ばかりだけど

次はどっちにいこうかしら。


まったね〜♪
(^^)