それで仏陀は文殊に言いました:

仏陀と大菩薩の目から見ると、

衆生の二分法、

そしてそれらが結びついている肉体的

および精神的世界には

実体がありません。

その体こそは

菩薩の『菩提妙淨明體』

の体であり、

真ん中、正しい、間違っているのは

定義できるわけがないでしょう

仏陀はまた、

例として文殊菩薩を引用しました、
文殊菩薩は唯一無二です、
ゆえに、
『これ』だ、あるいは『これじゃない』

と定義できないです;

この例に基づいて

仏陀は自然とすべての見性も同じであり、

ただ一つであることを示しています
『無上菩提淨圓真心』も同じです。
しかし
衆生はこの真実から迷い

『妙明』から『無明』,『真覺』から『不覺』から転落

迷いにさらに迷いてしましました。

仏陀は

再び空の明るい月を比喩として引用しました。

空には月が1つしかありません。
しかし、手で目をつまんで、2つ目の月があるのように見えました。
この、2つ目の月は、影にすぎません。

空には二月はまったくありませんが、

『これは本当の月であり、それは間違った月』

どうしてこう言うことができますか?

同様に、

二分法を見る

本当の心の影にすぎません。
あなたがそれを理解することができれば、
本当、妄想でも

だた一つの心しかありません。

 

では、また明日ですね。 ありがとうございました!