女公様は現在、シカゴのホテルにいる。
ワシントンDCのアパートを朝6時30分に出て、シカゴのホテルにチェックインしたのが午後6時30分。1時間の時差を考えると、のべ13時間もかかってしまった。
朝、雨が激しく降っているのを見た時からイヤな予感はあったのである。
こんなに時間がかかったのは、決して女公様が道に迷ったせいではない。
アメリカの国内線の運航のいい加減さ不確実性と、サービスのいい加減さ不確実性のせいである。
いつものように、2時間の余裕をもって空港に到着した女公様は、朝食のオムレツなんぞを優雅に食べ、順調にセキュリティチェックを済ませて、ゲートで出発を待っていた。

今回は、フィラデルフィアで乗り換えの便である。
シカゴへの直行便もあるにはあるのだが、530ドルもかかる上、空港が遠い。1回乗り換えだと近くの空港からわずか120ドルで行ける。
だが、自由主義経済の原則のとおり、安いものにはそれなりの理由がある。航空運賃の場合、乗り換えが増えれば、時間がかかり、リスクも大きくなる。
案の定、出発20分前になって突然、フィラデルフィア行きの便が欠航になった。
ほうら、おいでなすった。
このくらいはまだ想定の範囲内である。
カウンターに行き、交渉をすると、ピッツバーグ経由の便に振り替えてくれるという。シカゴ到着が1時間ほど遅れるが仕方ない。
だがそのときの女公様はまだ、アメリカの航空会社のいい加減さ不確実性に対する認識が甘かったのである。
やれやれと思いながらピッツバーグ空港に到着すると、乗り継ぎまで2時間の余裕があった。だが、念のため早めにゲートに行くと、なんとシカゴ行きは満席だという。
いってぇどういうこってぇ。シカゴに行くにはこれが一番早いってから、ピッツバーグくんだりまで来たんだぜぇ。
お客はん、そう言わはっても、満席なもんはしかたあらしまへんがな。次の次の便にはちゃんと席がありますさかい。
おいらの荷物はこの便で先に行っちまうじゃねぇか。
大丈夫、荷物はシカゴでちゃんと待っててくれますがな。
女公様の他にも無駄にDCからピッツバーグまで連れてこられた何人かの乗客たちが、肩をすくめて時間つぶしに空港のあちこちに散って行く。
こういうときのアメリカ人の忍耐強さというかあきらめのよさにはいつも感心する。
女公様は憤懣やるかたなかったが、仕方なくマッサージと読書で3時間をつぶし、結局、予定より4時間遅れでシカゴにやっとこさ到着したのである。
だがスーツケースを確保するまでは油断できない。ピッツバーグで置き去りにされているかもしれないし、ヘタするとフィラデルフィアに持って行かれている可能性だってある。
女公様、すでに猜疑心の塊である。
長くなるので途中をはしょるが、4人の空港職員にバッゲージ・クレーム・タグを見せながら同じ説明を4回繰り返し、何とか30分後には、倉庫に鍵をかけられて保管されていた女公様のスーツケースを探し当て、救出することができた。
5月の出張でトランジットの危険性については体験していたはずなのに、まだアメリカの航空会社を信用し過ぎていたようだ。
移動日にはアポは入れない方が良いという同僚のアドバイスに従っていたのが、せめてもの救いである。
ホテルについたときは、あたりは真っ暗で、「風の街」にふさわしい強い風と冷たい雨のせいで、街を見て歩くどころではなかった。
残念ながら、街を歩きまわるのは週末を待たなくてはならない。
今日はそんなこんなの一日だったが、せめて気休めにでも良かったことを数え上げながら寝ることにする。
フライトキャンセルのおかげで思いもかけず、初めてピッツバーグの地を踏めたとか。
満席のおかげで、ピッツバーグ空港を隅から隅までみることができたとか。
エスカレーターのない駅の階段で半ば絶望的な思いで一段一段スーツケースを引っ張り上げていたら、行きずりの人が二人で運び上げてくれたとか。
ま、たまにゃあこういう日もあらあね。
ピッツバーグ空港で買ったネックウォーマー。これを見るたびに今日のドタバタを懐かしく思い出すことだろう。


