TAKAHIROくんと会った。
TAKAHIROくん(上野隆博くん)は、
日本を代表するトッププロダンサーで、
マドンナなどトップアーティストに指名されて、
ツアーのバックダンサーを務めたり、
さまざまなCMに出たり、演出したり。
ダンサーとして、また演出家としても大活躍している。
特に現在は、
「アイドルらしくない振付」と話題になった、
「欅坂46」のすべてのシングル曲などの
振付師としても活躍している。
TAKAHIROくんは、
大学からダンスに目覚め、
独学でダンスを学び、
無謀にも単身アメリカに飛び立った。
さまざまな苦難を根性と情熱で乗り越え、
ついには、アポロシアターでの
圧倒的なパフォーマンスなどが認められて、
アメリカでトッププロダンサーとなり、
今は日本でも活躍の舞台を広げている、
まっすぐでちょっと変わった好青年だ。
アメリカで認められ、
プロダンサーとして活躍した後、
拠点を日本に移した直後に友人の紹介で、
初めてTAKAHIROくんに出会った。
彼のまっすぐで混じり気のない
ダンスへの強い愛情と情熱を知り、
プロフェッショナルとして、友人として、
大ファンとなり、
超リスペクトな存在となった。
しばらくは気軽に会っていたが、
徐々に日本でもブレイクして多忙となり、
メディアで活躍を知ることはできるが、
なかなか会えない存在になっていた。
1年以上ぶりに会ったTAKAHIROくんは、
世の中では大ブレイクしているにもかかわらず、
以前とまったく変わらない、
まっすぐで、飾らない、
ピュアな好青年のままだった。
その間、
欅坂46のデビューシングル
「サイレントマジョリティー」や
「世界には愛しかない」「二人セゾン」など、
すベてのシングル曲の振付を担当して注目を集めるなど、
仕事面では大充実していただろうし、
プライベートでもパパとなるなど充実していた。
それでも、
ひさびさに会ったTAKAHIROくんは
全然変わってなかったし、
ダンスへの愛情と情熱はますます高まっていた。
欅坂46のデビューシングル
「サイレントマジョリティー」
の振付を担当することになったのは、
すごい偶然と必然が重なった
運命的な出来事だったらしい。
振付を担当していた別のある舞台の稽古場が、
たまたま欅坂46のお姉さん的存在である
「乃木坂46」のメンバーが出演する
舞台の稽古場と同じだったことがあった。
乃木坂46の関係者が通りがかりで、
たまたまTAKAHIROくんが演出する
舞台の稽古の様子を見て興味を持ち、
秋元康さんに話したことがきっかけだったらしい。
新たにデビューすることが決まっていた
ある程度の人気が出ることがじゅうぶん期待できる
アイドルグループの大事なデビュー曲。
そんな重要な振付を、
今までアイドル音楽の振付をしたこともない、
ダンサーのTAKAHIROくんに託す
という決断をした、秋元康さん、
およびソニー関係者もびっくりするくらいすごい。
しかし、その期待に応え、
期待以上の振付を考案して、
ダンス未経験のメンバーに丁寧にダンスを教え込み、
素晴らしいパフォーマンスに仕上げた
TAKAHIROくんの情熱と手腕は、
それ以上に衝撃的ですらある。
TAKAHIROくんはチャンスを掴んだ、
ひと言で言えば、そうなる。
けれど、
部外者が舞台の稽古を見るだけで、
惚れ込むような圧倒的なパフォーマンスを
発揮できるまでに鍛え上げた
それまでの地道な積み重ねがあったからこそ、
新たな挑戦のチャンスを得ることができた。
そして、
デビューするアイドル曲の振付という
未知なる挑戦を受け止め、
「アイドルグループっぽい振付ってこんな感じ?」
という前例に擦り寄ることなく、
自分らしさを突き通すことにこだわった。
だからこそ、
そのチャンスを成功につなげた、
と言える。
TAKAHIROくんを見て思ったこと。
それは、
チャンスは誰にでも与えられるものではなく、
圧倒的な情熱とこだわりを持ち、
経験を積み重ねて固められた
揺るがない「土台」を持つ人に与えられるもの、
ということ。
そして、
「チャンスを掴かんだ」と言えるのは、
その揺るがない土台を築いた上で得た好機を、
自分オリジナルのパフォーマンスを全力で発揮した上で、
明確な結果を出した人だけだ、ということ。
チャンスを待つ前に、
チャンスを呼び込み、チャンスと出会うための、
自分オリジナルの土台を築くこと、
そのことに全力を尽くことが、
1人のプロフェッショナルとして活動するためには、
何より大切だ。
TAKAHIROくんを見て、
改めてそう確信した。