というわけで、このお盆は13日夕方6時に高崎駅に戻り、途中お供物なんぞ買って家路に。
14日は、息子夫婦も忙しく戻り、その後、私は仕事に。
15日、今日も朝から10時近くまで仕事でした。
お盆といってもお客様の中には、商売を休めない、ここが忙しい所も勿論あるわけで、そういうことを思うと、のんびりといった気持ちにもなれません。
実際問題としてのんびり休んでいたら、次が間に合わないということもあります。
そこで、仕事をするのですが、していて思ったのが、これが義父への供養かな。
義父が起業した会社です。
いろんな苦労をしてきたことでしょう。
今日も義父が作った会社の処理をしていました。
自分の会社の処理も。
義父からは、生前、自分の葬儀のことはお願いしたいと真剣な目で葬儀社の内覧会に誘われました。
まさか、はいとも言えず。さりとて、真剣で。
交友関係も伝えておきたかったらしく。
そういうすべてのことが、葬儀の際に役立ちました。
後になるほど
と思ったのは、亡くなる前にちょうどこんな話をしていて。
その時はまさか急死するとは思わず。
孫(息子)が、将来、後継者になると言ってくれた
と満面の笑みで話してくれました。
今思えば、息子はおじいちゃん孝行したものだと思います。
自分や息子より、孫の性格の方が数段向いていると太鼓判を押していました。
息子には、自分で自分の道を選んで欲しかったので、随分遠回りをしてきましたが、それで良いとい思っています。
子どもの頃の思い、周囲を見ての考え。
同じ人もいれば、変る人もいる。
誰かに言われたから、嫌々進む。そんな道を歩んで欲しくありませんでした。
自分でやりたいと思わなければ、何をやってもうまくいくわけがありません。
自分はしたくなかったけれども仕方なく・・。
そんな言葉は聞きたくもありません。
義父は娘と朝いつも手を振っていました。
ちょうど新聞を取りに行くと、小学校低学年の孫娘が学校に行く所で。
行ってらっしゃい
というと、何度も振り返ってにこにこ手を振ってくれる。
とてもかわいくってと話していました。
ほっとすると言っていました。
亡くなった父も娘には癒されると話していましたし、よく天使の笑顔だと言っていました。
やはり、そうした道に進んだのだなあと思います。
お盆。
姉のことも勿論ですが、いろんな顔が目に浮かびます。
今生きていることに感謝して、自分らしく生きていこう。
ふとそんな気持ちになりました。