責任能力って何?

 今日は、あの忌まわしい秋葉原の無差別殺傷事件発生から4年。

17人の死傷者が出て、そしてその内10人の方の今日は命日でした。

陰ながら手を合わせました。

そんな中、ほっとしたのが、現場となった交差点に花束や千羽鶴、ビールなどが捧げられ、通行人が手を合わせたという報道。

ご遺族、被害者の方のは辛い日でしょうが、犠牲になった方々のことをみんなが忘れないでいよう、忘れないよと言っていて欲しいと思いました。



この4日、殺人罪などに問われ、1審・東京地裁で死刑判決を受けた被告の控訴審第1回公判が東京高裁であったというニュースがありました。

私には分かりません。

そういう法律なのでしょうが・・。

何の罪も全くない、見知らぬ人が突然殺されてしまう。

それも何人も。

犯人も間違いない。

それなのに、控訴です。



 弁護側の言い分は「被告には完全な責任能力はなかった」

死刑回避を訴えています。

責任能力って何ですか?

被害者、被害者の家族に気持ちになってごらんなさい。

そう言いたい気持ちです。



 通り魔に友人の家族は無残にも。

その心はどうしてくれるのですか?

被害者の責任は0%です。

知らない、その時初めて出会った人間に不条理にも全てを奪われたのです。

 通り魔事件は後を絶ちません。

いつも責任能力云々。



 4日、被告は出廷せず、被告人質問も行われない。

「出廷を望んでいない」

そんなのってあるの?

被害者は望んで被害者になったわけではありません。

意思は関係無かった。



 7月2日の次回公判で被害者や遺族が意見を述べた後、結審する見通しとなったそうですが、被害を受けた方はずっと終われない。

 こういうもやもやした制度にまたも苦痛を味わっているのではないかと思います。

なんの罪もないのに、心は深く深く傷つき、プライバシーを侵害され、扱いが実に理不尽です。



 保護すべき相手が違うのではないか。

情状酌量という言葉があるけれども、これは加害者、被害者間の事情であって、加害者がこういう生まれで云々は通り魔事件の場合関係ないと思います。

 100%の身勝手で罪を犯したのに、あれこれ保護される。

責任能力があるかないか。

通り魔の被害者側は、相手の事情など預かり知らぬこと。

一生ついて回る重い鉛の心はどうしてくれるのだろう。

誰が守ってくれるのだろう・・。