行事と仕事でこのブログも滞ってしまいましたが、このところのニュースで、親からの戒めということがいかに大切かを改めて感じましたので、そのことを書きます。


 特別背任云々の例の製紙会社の御曹司。

子会社などから100億円を超える個人借り入れがあったとは、本当にビックリでした。叫び

金額があまりにべらぼうで。あせる

 父親には内緒でと一言釘刺し、否応なく借りられたらしいですから、この鶴の一声も凄いもの。

創業者一族の御曹司で、代表となれば、誰も逆らえないのでしょうね。

 何に使ったのか?

色々噂は元々あった人物らしいですが、泡と消えるものに使ってしまったらしく、悔いても今さらどうにもならないお金で。



 怒りおさまらないのは、社員さんたちでしょうね。プンプン

あのティッシュを黙々と競争の激しい世界で売り続け、頑張って来られた方は、本当にガックリだと思います。



 下々からすれば、超高学歴で、何不自由のない生活を過ごし、さしたる苦労なく、このままの人生を豊かに過ごしたであろう人物が、犯罪者になるのかも?という凄い展開。えっ

 自ら招いたことですが、愚か過ぎる結果になんとも哀れとさえ思います。

人々から、それは関連する人々からですが、憎しみの目を受け、怒りのパワーを受ける。

そういう生き方に、あー時間は戻れないものかガーンと思います。



 少なくも、人の上に立つ人間は、支えてくれる人間を幸せにする義務があると思います。

そうする努力をすべきだと思います。

なのに、怒りを感じさせるようでは・・。



 小さい頃から父に言われたことがあります。

家訓です。

父の生家の家訓。

それは、商売人は賭けごとをしてはならない。禁止

 お金のありがたみを知る。

賭けごとの怖さを知る。

そういうことを折に触れ、聞いて育ちました。



 父の生家は、元々田舎の商売家で、百貨店という名前がついていました。

土地持ちで、番頭さん、丁稚さん、女中さんという人々のいる家庭だったようです。

戦争でだいぶ様変わりはしたようですが。

 父の父、つまり私の祖父にあったことがありません。

生まれた時はもう他界していましたから。

父やおじ達の話の中に出て来る祖父は、俳句を嗜む人だったようです。

父がその理由の一つを話してくれましたが、それはお付き合いする人間を選ぶということ。



 村で何でも一番二番という家だったそうで、電話やらラジオやら車やらそういう文明の利器の類がいち早く入った家だったそうです。

 そうすると、そこに群がる人もいるわけで。注意

そのお付き合いということも慎重にしなくてはならない。

 その点、俳句という趣味ならば、限られてきて、しかも集うお仲間がある程度の心構えのある人間だということらしいです。



 教え、戒めということは、時代がいかに変ろうとも伝えて行きたいものだと思います。

家それぞれの教え、戒めというのがあると思います。

 時代に流されず、不変のもの。

それは、子を幸せに導いてくれるものではないかなと思います。

特にお金に関しては、お金は魔物だということをよく教えておかないと魔が差したでは済まないことがいっぱい。

一つ間違えれば・・例え1円からでもお金はお金ですからねえ。得意げ