昨夜、福島の友人と電話で話しました。

最初、息子の同級生と色々話しました。

女性ながら、あの地で県職員として農業に携わっているという大変な仕事に就いています。

聞いていて、本当に尊敬しました。得意げ

小学校の頃、一番の頑張り屋さんだっただけに、きっと、福島の復興のために頑張ってくれると思います。

 安全の話をしていましたが、福島の野菜や果実が美味しかったことを思い出しました。

ああいう真面目な子が取り組んでいるのだもの、安全なものを供給してくれるだろうと思いました。

 もっと、福島の農産物を買おうと思いました。

復興を支援することにもっと積極的になろうと心から思いました。

何ができるのか。

もっともっと、みんなで考えていきたいものだと思いました。




 そして、そのお母さまと話しました。

昨日書いた復興担当省が辞任した話をしていました。

私は、仕事を終えたばかりで、知りませんでしたが、そうだろうねという話で。

 友人は、憤慨していました。

全国の人々、海外の人々がこんなに支援して下さっているのに、そのトップがあれでは・・。

何を自分達で頑張れっていうんだろう。

被災地の人々の神経を逆なでするようなことばかり言って・・。




 本当に怒りが分かる気がしました。

その震災当時から今に至るご苦労を思えば、何を言っている!です。

 そして、福島県の健康管理調査の話を聞きました。


http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/20110628_kennai_fullset.pdf

~ 被ばく線量の推計には、3月11日以降の行動記録が必要です~

「問診票()(別紙)を参考に、記録しておいてくださいますようお願いいたします。


というもの。



 そのまま、一部紹介しますと・・



今回の大震災に伴う原子力災害については、未だに予断を許さない状況が続いており、県民の皆様におかれましては、大変なご苦労やご心労、そして、不安を抱えていらっしゃることと思います。そこで、福島県では、放射線の影響による不安の解消や将来にわたる県民の皆様の健康管理を目的とした「県民健康管理調査」を実施することとしました。

このうち、全県民の皆様(基本的に3月11 日時点で県内に居住されていた方)を対象に実施する「基本調査」では、まず、皆様の3月11日~25日の行動記録を中心に、放射線による被ばく線量の推計評価等をさせていただき、その結果を皆様一人一人にお知らせいたします。外部被ばく線量は、「いつ」「どこに」「どのくらい居たか」「どのように移動したか」など、皆様の行動記録の情報に基づいてしか推計することができません。

つきましては、当時のことを思い出し、また、ご一緒に行動された方々ともご相談のうえ、「問診票()」(別紙)を参考に、行動を記録(メモ)しておいてくださいますようお願いいたします。

なお、すべての地域の皆様への問診票の配付は、先行調査(6 月下旬から実施)の結果を踏まえ、8月以降となる予定です。

【行動記録の記載例】

・屋内の場合、コンクリート製の建物の場合は○コ、木造の場合は○木と記入。

・・・




 滞在場所はどこか?

屋内・移動・屋外の別

地名・施設名を書きます。

それが1日を書くわけですが、3月11日から25日までの毎日を今になって思い出すというもの。

大変な作業です。




 あの頃は、ガソリンがなく、食料品がなく、捜し回っていたと友人は言います。

どこにどれだけいたか?

今頃聞かれても分からないそうです。

多分、皆さまそうでしょう。

自分に置き換えてみても、そうそう思い出せません。

ただ、仕事のメモ書きがありますから、なんとか分かりますが、時間を追って何時にどこというのはなかなか厳しく、相当考えそうです。




 なんで、今頃?

あの事故の時、政府は分かっていたのです。

それを黙っていた。

パニックになるからということでしょうか。

 あの時、念のため自宅に退避していましょう。

政府からの指示に従って、落ち着いて行動しましょう。

一時的に職場や学校に支障をきたしますが、危機管理上必要です。

ご協力下さい。

 そういうリーダーシップを迅速に取るべきではなかったのか?

今、福島県民の皆さまの心に不安を感じさせるような事態になり、これからも心配の種は尽きないと思います。




 あの復興担当相、福島県に言って暴言吐かなくて良かったと思いました。

今度の大臣、頑張って欲しいものです。

そして、何より、政府はその場しのぎの誤魔化しをしないこと。

長い目で見て、国民の納得する方法を選択して欲しいと思います。