昨日のブログで娘の寮体験を書きましたが、私自身もそうですが、今の日本全般の流れで、若い頃に不便なこと、都合の悪いことから逃げて来た気がします。
私と娘で大学の説明会に行った時、1年間の全寮制の話を聞き、私はやった!と思いました。
何て素晴らしい体験が出来るのだろう。
今思えば、私もしておきたかった体験です。
寮生活を嫌がる若者も多いでしょうが、娘は進んで寮生活のある大学を第一志望としました。
説明してくださる先生が寮生活はイヤでしょうという問いかけに、私達親子は同時に願ってもないことですと満面の笑顔で答えました。
少なくも、不便なことの体験はこれで出来ると思いました。
人とのコミュニケーションの大切さは学んでくれるだろうと思いました。
海外では兵役のある国がありますが、日本も寝食を共にした何某かの訓練をしたら良いと強く思います。
それは兵役ということではなく、身体と精神を鍛えることの有意義さを言いたいがための意見なのですが。
今回の大震災でも明らかになったことですが、私達の危機意識の甘さ、とっさに取れる行動の個人差を思う時、あー日本全体で足りなかったのだとつくづく思いました。
勿論、それ以上に日本人の助け合う心、そうした事態に譲り合う心のレベルの高さは言うまでもありませんが、それに加えてもっと訓練が出来ていたならと思います。
とっさの時にリーダーが表れ、危険回避する手立てを導き、その周りで助かった人々もいたという話を聞きます。
今回も津波の怖さを知っている人が、声掛けて急いで早期に逃げたということも伝えられています。
自分達でも早期に助けられる術を知っていた人に助けられた人々もいらっしゃいます。
個人を大切にするあまり、失われたものが沢山あるような気がします。
被災地の方々の精神的、肉体的疲労は想像を絶するものがあります。
果たして自分に耐えられるだろうか?
誰しも思う過酷なものだと思います。
悲しみという言葉さえ軽々しい気がするほどの厳しい状況でしょう。
でも、プラス思考でいえば、悲しい思い、辛い思いの中にも、その中から素晴らしい子ども達が成長していくのではないかと思います。
たまたま、テレビで見た被災者のお子さんは落ち着いて、ランドセルと教科書が欲しいですと答えていました。
なんて前向きなのでしょう。
なんて強いのでしょう。
究極のストレス状態の中でも生きていかなければならない。
そんなことがどこで起きるか分かりません。
受験に追われ、就職に悩み、そういうことも勿論試練ですが、そんなことをすべて飛ばしてしまうような大震災。
決して他人事ではなく、自分達も少しずつでも訓練していった方が良いような。
若い日に出来なかったら、今からでも危機意識を持って、体も心も鍛えないとダメですね。