子供の臓器移植で、よく募金をしている報道があり、また実際に募金活動に遭遇したりということがあります。
世界保健機関(WHO)は、渡航移植の自粛を求める方向らしく、今まで海外に頼っていた日本では認められていない子供の臓器移植は行き場を失ってしまうことになりそうです。
渡航移植を目指していて拒否された心臓病のお子さんの報道がありましたが、親御さんはじめ周囲の方々の落胆はいかほどだったかと思います。
その一方で、この国内では認められていない14歳以下の臓器提供を早期に実現する必要があるとして、臓器移植には改正案が出されていますね。
ABCという3つの案。
A案・・・脳死を一律に人の死とし、家族の同意があれば臓器提供できる。
B案・・・提供年齢を今の「15歳以上」から「12歳以上」に引き下げる。
C案・・・脳死の範囲を現行法より狭く定義する。
ただ、国会での審議はほとんど進んでいないそうです。
人の死をどう捉えるかという倫理的なこともあり、
子供の場合、その間に成長もし、回復する可能性もあるといい、
大人とはまた違った苦渋の決断があるようです。
ただ、この問題はずっと議論されてきたわけで、
専門家の間の意見も取り集められ、何らかの早い決断はできるのではないかと思います。
子供を持つと、子供の病気というものに触れる機会が増えます。
生まれた時に五体満足かまず気になります。
それから、色々心配の種は有り。
そうした中、健康ということ、健常ということが当たり前では無いことに気づきます。
そういう気づきの環境にいるかいないかで個人差がありますが、
私の場合当たり前では無いということに大きく気付かされる機会がありました。
考えてみると、一般的に健康で、健常でということがゼロと思われているのではないかと思います。
それが基準ということです。
でも、これはとんでもない偏った基準で、病気や障害を持った人も同じゼロなのです。
マイナスでは決してありません。
たまたまの偶然で、誰しも病気や障害を持った人になります。
人ごとなんかではありません。
もしも、自分の子供だったら・・・
そうした心を持っていたいと改めて思いました。
もう天国に旅立ったお子さんのお母さんがおっしゃっていた言葉がずっと心にあります。
日々、お子さんの血液の数値を気にして必死な看病の日々を送っていらしたお母さん。
もうそんなに長くは無いと分かっていて・・・
「赤ちゃんの時とはまた違うのね。どんどん可愛さが増して。色々させてあげたいと思う一方で、思い出が作られて行くのがまた辛くて」
決して、特別な病気を持ったお母さんという括りではありません。
皆同じお母さん。
子供を大切に思い、子供の幸せを祈り。
このお子さんも臓器移植をすれば・・・
死んだ子の年を数えるのは止しましょう。