●裁判員の役目としての評議・評決・・。証拠を全て調べたら、今度は事実を認定し、被告人が有罪か無罪か、有罪ならばどんな刑にするべきかを裁判官と一緒に議論し決定するということ。
果たして素人の自分に何ができるのかという疑問がわくところです。
法律上、裁判員は,事件について裁判官と一緒に議論(評議)する際に意見を述べなければならないとされているそうです。![]()
自由に自分の気付いたところから意見を述べて議論に参加すればよいというのですが、その人の性格にもよりますが、なかなか参加しにくいところでしょう。
意見を変えることも自由で、裁判長が必要な法令に関する説明を丁寧に行い、分かりやすく評議を整理し、裁判員が発言する機会を十分に確保するなどして、裁判員が意見を十分に言えるように配慮してくれるそうです。
裁判長も大変ですね。![]()
◎意見が一致しなかった場合はどうするのか?
評議を尽くしても,全員の意見が一致しなかったときは、【多数決】により評決。![]()
この場合、被告人が有罪か無罪か、有罪の場合にどのような刑にするかについての裁判員の意見は,裁判官と同じ重みを持つことになるそうです。![]()
これは、気が重い役目ですね。
ただし、裁判員だけによる意見では、告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では、有罪の判断)をすることはできず、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要だとされています。
例として挙げられているのが・・
被告人が犯人かどうかについて、裁判員5人が「犯人である」
という意見を述べた。
裁判員1人と裁判官3人が「犯人ではない」
という意見を述べた場合。
数から行くと、「犯人である」
というのが多数意見。
しかし、この意見には裁判官が1人も賛成していないので、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要という要件を満たしていないことになる。
したがって、この場合は、被告人が「犯人である」
とすることはできず、無罪
ということになるということのようです。
◆裁判をするのは責任重大で気が重くてという質問に、次の回答の部分があります。
『裁判員は1人だけで「裁く」のではありません。他の裁判員や裁判官とともに,いろいろな疑問や意見を出し合った上で,いわば「一つのチーム」として,結論を見つけ出していくのです。有罪・無罪あるいは刑を決めるという判断は,安易に下せるものではありませんが,チームの全員が一体となって,真剣に議論した結果であれば,妥当な結論に至ることができるはずです。』
ほーという感じで、不本意ながらの結論になった場合に、それが人を裁くという行為であることを考えると、どう考えても余計に気が重い気がするのですが。![]()
☆評決が決まると、法廷で裁判長が判決を宣告します。
裁判員としての役割は、判決の宣告までで終了となります。
例えば、その判決について報道がなされ、世間の非難があったとします。![]()
自分も世間と同じ意見だったのに、多数決で意見が通らなかったとしましょう。
そういう複雑な感情があることも一つ。
また、その裁判の裁判員であったことが知られていた人に、自分も判決の意見であったと思われるのが嫌だと思うことも一つ。
有罪だと思っていたら、後に冤罪と分かった・・こんなときは実に嫌な気分でしょうね。色々な感情のコントロールも必要になりそうです。![]()
~経営は広い視野から~
明日は、話が一転、気楽な話KYについて書きます。