このところ、うちの両親の大勘違いから始まった勘違いだらけの私への子育てを書いています。

前回、小学6年生のときに右腕を折ってしまい、我慢強い気丈な子だと勘違いされた話を書きました。

本当は痛いのは、大嫌いだし、我慢強くなど無いのですが、治さなくては仕方ないと思えば・・。にひひ

さて、腕を折った日、ギブスも付いたことだし、学校に戻ろうとしたら、もう時間もあまり無かったのか、このままお母さんと一緒に帰って良いとのこと。えっ

こんな日にも学校に戻ろうとは、しっかりしているとここでも先生と母の勘違いが・・。笑

こういう時は、学校には戻らなくていいんだよと言われたことが、何故か妙な気分で。かお

私は、学校を休んだことが無かったし、遅刻も早退も無く来たので、そういう経験が無かったのです。


よく、皆勤だという話になると、すごいですね・・みたいに言われますが、単に休む理由が無かっただけで。べーっだ!

かれこれ12年間は休み無しでした。

別段根性があったわけではありません。

休むと、その間の勉強が抜けてしまい、面倒なことが多すぎます。ガーン

その分のノートを写さなくてはならない。

その分の宿題が後から来る。

折角の給食が無駄になるのも嫌だし、何故か届けてくれるコッペパンも硬くなっているだろうし。

要するに、後が面倒だから、学校に行ってしまうのです。べーっだ!

たぶん、こういう人は結構いらっしゃると思います。


さて、翌日はギブスを珍しがられ、それから優遇される日々でした。音譜

みんなが親切で温かくて、それはとても嬉しいことでしたが、反面疎外感もありました。

掃除の時も・・・いいんだよ。休んでいて。

気遣ってくれる気持ちは痛いほどわかるのですが、みんなが掃除をしているのに、自分だけのんびりしているのも心苦しく。

別に動けないわけでもないので、ご好意に甘えているのも。

それで、左手でできることを申し出ました。

ほうきは左手で出来ますし、雑巾も絞ってもらえれば拭けます。

これだけで、仲間に戻った気分で。チョキ


何事も経験だと思うのですが、ちょっと不自由な経験をしたら、人の温かさも感じ、それからちょっとできた自分の方で感じる壁を感じることができました。

「実用介護事典」という事典があり、その中に「牧人権力(ぼくじんけんりょく)」という言葉があるそうです。ひらめき電球

世の中には用語が実にたくさんあるものです。

それは、介護が管理や支配になり、介護者が、高齢者や障害者にとって権力者になってしまう恐れを指摘したものだそうです。

本人ができることは本人に、本人が決めることは本人にという姿勢は、よく病院などで、ああこれがそういうことねと思われるような医療関係者の接し方があり、なるほど。

「おせっかいケア」という用語もこの事典にあるそうです。


うちの両親は、怪我のリハビリには非常に協力してくれましたが、日常的な着替えなども最低限の手伝いだけで、あとは今までどおりに接してくれました。ニコニコ

たぶん、手を出したいことも多かったでしょうが、家で手を出していたら学校に行ったときに困ると時間がかかっても自分でさせていました。

これは、大いに助かりました。

私は、怪我して右腕が使えない期間を有意義な時間として過ごすことができましたし、大切な良い経験としてその後の人生で生かせることが出来ました。音譜