前回は、クリスマスのプレゼントについて書きました。

我が家は子供におもちゃをあまり買わなかったと思います。

大抵年3回有るか無いか。

まず、クリスマスのサンタさんから。プレゼント

その次に、お正月に欲しいものがあれば。

大抵はサンタさんに頂いているので、すぐ後のお正月にはいらないということになります。

サンタさんの続きシリーズということもあったかもしれません。

あとは誕生日位です。

この誕生日ですが、ちょうど上の子の誕生日頃は実家に行っており、おじいちゃん・おばあちゃんに下の子も一緒に買ってもらうという構図だった気がします。

親はほとんど買わないということになります。べーっだ!


これは、親のケチと、部屋の狭さからかもしれません。

二人の子がいて、毎年確実に2つは増えるのです。計4個。

前の年のもの、その前の年と行くと、手狭の部屋には無理があります。叫び

子供の要求にホイホイ買うなどという金銭感覚がありません。

子供はあちこちのお友達のお宅でそのお子さんのおもちゃで遊ばせていただき、親のケチ度が保たれました。にひひチョキ



自分自身を振り返れば、時代の違いはありますが、モノを欲しがらない子供でした。

まさしく親の背中を見て育ちましたので、親の苦労もわかり、金銭感覚も麻痺することはありませんでした。

第一、外で遊ぶ時間が長く、おもちゃと遊ぶ時間などあまり無かったと思います。シラー


毎日、真っ暗になるまで、外で遊び、夏休みなどは、プール三昧でした。多少のことは大雑把にプールを使わせてもらえる日、時間が長かったと思います。

昔はスイミングスクールなどなかったと思いますが、誰に教わることも無く、よく行く仲間達と、小学1年生の時には50メートルは皆普通に泳いでいました。

メドレーも形は悪くても泳げましたし、水の中ででんぐり返しやシンクロもどきをするのが遊びでした。

今考えると罰当たりですが、よく友達とお寺のつき堂の上から飛び降り遊びというのを飽きずにしていました。べーっだ!

どこだったか、草の生えた長い坂にダンボールを持って行き、お尻の下に敷いて下り、何度も坂を往復した思い出もあります。音譜

シロツメクサで飾りを作ったり、猫じゃらし、つくし、紫露草、すみれ・・、自然のものを遊びの道具として遊んだりしていました。


お人形も好きな人形があり、親がもう古く汚いからと新しいものを買ってくれても、なじみの人形とばかり遊んでいました。にひひ

庭がお絵かき帳であり、チラシにある家の見取り図が住まいごっこの空想の家であり、糸車がおもちゃの材料であり、生活の中にあるものが何でもおもちゃでした。音譜

今もどこかでそういう思いがあるので、脳トレなどあっても見向きもしません。
何をするのか考えるのが脳のトレーニングでは無いのかなあ、与えられてするのは何か勿体無い気がします。脳に。にひひ