茨木紀夫 オフィシャルブログ

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母の命日に思う(長文注意)

これはFBに11/22に投稿したもの。私のベースを探り、確認するために毎年やっている儀式のようなものてす。お時間があれば…

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今日は11/22、小雪で「いい夫婦の日」であり、私が中三の時に亡くなった母の36回目の命日である。もう干支で3回り、の年月が経った。

FBを始めて7回目、毎年のことながら、この日は常に翌日が祭日ということもあり「一人で母を偲んで深く飲む日」としている。

母は大変料理が上手だった。

私の記憶もさることながら、親戚やご近所の方が後に話してくれたことで補完しているのだろう。

我が家は農林省の研究所社宅だったこともあり、常に新鮮な牛乳が毎日あった。

今でこそ、何の好き嫌いもなく美味しくものをいただけている私だが、幼少期は偏食だった。

そこで、専業主婦だった母は腐心して、いろんな料理をだしてくれた。

おやつとして、シュークリームやマドレーヌをよく焼いてくれていたが、今市販されているどの味も口ざわりも違う。要は「同じものが作られることはない」のだ。

だが「ホワイトソースのクリームシチュー」だけは理屈抜きに大好きである。

初めて食卓に上がった時に一口食べた時の美味しさ、感動が全ての記憶を支配している気がする。
あの香り、具沢山で柔らかく甘くなったニンジン、ジャガイモ、口に入れた時の滑らかで優しい味、湯気立つ先に見える白いクリーム…

「お母さんはあなた達のために、化学調味料などを極力使わず、一から作っていたのよ」と親戚に聞かされた。

それはカミさんが息子たちのことを考えて作っているものが結果的に近い味になっている、と思う。
だから、一番食べるのは今も私だ。

先日、同級生がハヤシライスについて同じ思いを話していて笑ったが「三つ子の魂百まで」と同じく、母が刻んでくれた子の記憶はずっと変わらないのだろう。

心臓の悪かった母が命がけで産んでくれて、一生懸命育ててくれた15年間、改めて感謝である。

昨年も書いたが、今の私の年齢は母の人生には無く、自分自身では役目を改めて与えられた残りの人生だと思っている。

もう無駄な時間はない気がしているのだ。

だから甘えることが出来るサラリーマンを辞め、起業もしたのだ。

ただ、生き急いでいるつもりはなく、ひたすら日々を大切に生きること、すなわち人のためになるか、世の中のためになるのか、そのことで自分の魂が喜ぶのか、を直感的に判断しながら過ごしたい。

そして必要なことをやるために健康に気をつけたい。

しかしながら…
こんなわがままな生き方を受け入れてくれる家族には本当に感謝である。
いつも周りで支えてくださるみなさんにも改めて感謝の気持ちを強くする、この日である。

●写真は今日の日めくりカレンダー。内容がドンピシャだ。東北出張からの戻りの新幹線で今日の儀式は始まっている(笑)