平城京は、聖武天皇の意向により、造られました。
当時、遣唐使の往来もあり、唐の都を意識していたことは間違いありませんが、独自色も各所にあります。
しかし、先に書いたように、奈良時代は「内乱の時代」です。頻発する騒乱に聖武天皇はお疲れになり、しばしば、平城京を出られて、転々とされます。天皇が動座されれば、形式上は「遷都」ですから。周辺を回り、結局、平城京に戻られます。
そして、世情の安定、人心の統一のため、大仏建立を発意されます。
聖武天皇のご逝去後も騒乱は続き、桓武天皇は、平安の願いを込めて、平安京への遷都(794年)を推進されていきます。
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