伊崎





実際、今こうして話題作ろうぜ!ってなってる段階でも既に筆が進んでないんだし。 すげー衰えたなって思ってるよ。





そうだよなぁ。お前から誘ってきた割に話振ってるのはオレだしなぁ、まあ、共同作業とはいえ、お前に頑張って欲しいって気持ちはあるワ〜






伊崎



まあそうだな。その辺に関しては俺自体が何より受動態であることのが何よりな原因だろうけど。 OCで高く見積もられ評価されてる身の名残として発展をする見込みだったりを作れてない現状には陽が落ちるよ。







ン?じゃあなんで誘ってきたん? 受動態である事を分かっていながら俺の事誘ってきてんのクソタチ悪いな。誘ってきた割にクソほど受動的で介抱状態なのはどうしたよ? 盛大に自爆かましてくれてるけど。なに?マジで衰えてんの?





伊崎






事実として「誘った」という行為を見て、「だから能動的である、はたまた受動態じゃないはずだ」と思う事には凄く盲目的な話としか思えない。 俺には初っ端からマジのマジで分からない、起因は最近の界隈の内情だったりが分かってない現状にあるかもしれない。詳しく知ってみたい。何故誘うという行為から、その後の態度まで一貫して能動的はたまた受動的じゃないとで判断できるの? 枠内に限らず、昔から人間とは何かを提案したり誘ったりしながら、その実どう進めていいかわからず相手に委ねるなんて事を普通にやってきたわけだし、最も誰かを誘う事それ自体が目的でその後の展開については受動的な人だって普通にいる。 ずばるところ、フラットな会話の中では、「誘った」という情報だけで、その人間の姿勢全体を規定する事はできないはずでは? これが俺の所存。 これを少し整理して考えるんだとすれば、まず「誘う」という行為と、「会話や関係を主導する」という行為を分けて考えてみたい。

続き。  「誘った」という事実があったとしても、それだけで相手が積極的である事や、会話を引っ張る責任を負っている事までは証とされるものじゃないのは然りに、誘うという行為にはある程度の主体性が含まれるというもの許容した上で、その主体性がその後の振る舞いにまで延長された考えを持つことってどーなん?飛躍なんちゃいます?w








ちょいちょい伊崎さんや。風呂敷広げすぎですじゃ。 ワシらがやっとるのは論争じゃよ。 伊崎さんはボクシングを誘っておいて、自分は全く殴らないのですかな? 自ら「リハビリがてら下層へ挑戦」などと言って、戦いを申し込んでおきながら、自分からは仕掛けないのですかな? その言い訳もまた苦しい。「衰えてるから。」って。なんじゃそりゃ。 論争をダシにして俺の時間無駄にしに来てるの? 俺の貴重な時間奪ってるんじゃねーぞオッサン。 >>フラットな会話〜 いや、なんだテメー都合良いな。もしかしてお前の中身ぴえん系の女子だったりすんの? 下層への挑戦〜なんて俺を下に見たマウント取ってきやがった癖にマトモに返せなくなったら「フラットな会話なんだよ!俺は自由なんや!」って。シャブでもやっとるんかお前。 >>飛躍なんちゃいます?w ぶっ飛んでるのはお前だよシャブ中。 論理も脳みそもブッ飛んでんのか。鳥人間コンテストでも出てきたらどうだド阿呆。自律機動ロボットとして大空に羽ばたいてこいや。 ア、ごめん。殴りすぎたわ。お空より上に行っちゃったなら南無三。 テメーよォ。死体蹴りするようで忍びねえけどよォ。 格下には挑戦するっつー明確な目的をもって仕掛けてきたバトルだろうが。 俺とお前の目と目があったんだよレジギガスが。 スマホに向かってフンフン鼻息漏らしてんじゃねーぞ。 ソーンな目的をもって仕掛けてきたバトル。ソレをなんだ?仕掛けてきたお前がその後の展開まで相手に委ねちゃう‼️受動的なお誘いだったノ‼️✌️✌️とか、ド阿呆なのかマジで。 もうリング上がっちゃったよ。お前に誘われて。 なのにお前、「オレェw受動的だから殴らねぇワw」って。舐めてんのか。 グローブじゃなくてベアナックルでお前のことボコボコにしそうだわ。 俺が指摘してんのはお前の無能さと不誠実さなんだよクソバカ。 論争誘ってきた癖に仕掛けてこねーし、むしろそれを自分から言ってるし。 生返事しかしねーし。ペッパーくんでもマトモな論戦してくれるわ。 もうペッパーくんに変わってくれレジギガス。 衰えて仕掛ける気も実力もないなら誘ってくんなや。 お前みたいな機体ボコボコのジジイロボットが鳥人間コンテスト出場を目指して俺相手にリハビリ申し込んでくるとか片腹痛い所か五条悟みたいに真っ二つだわ。 お前に関しては仕掛けられなくて無量空処状態だし。 もう早く死んでくれマジで。





伊崎




スマン、お前、下層の中ではある程度やれるヤツなんだろうけど、フツーに弱いかもしれない。w さておき、一行に進まないし、論点は、誘ったという行為があるのに、その後の仕掛けや主体性が伴わない態度は、本当に受動的であると言えるのか?という疑問や、誘うという事実だけで相手の行動や性格を確信できるのか?という疑問の意味で「人は何を”行為と認識の客観的な物”としているのか?」を争点としよう。 >誘うという行為 誘うことは人間が後天的に決めるものだ。その通り。 さらにそして、”誘う=仕掛ける主体性がある”と、思いがちだけど、実は違うんだ、誘うという行為が先にあり、その後の行動や対応は別に規定されているわけではない。人間というのは誘ったくせにその後は相手に委ねることも普通にしてきたわけだ、この論を補強するかのよう、その説明は前文に説明した。 そして、この事実が何を意味するかというと、誘う行為の根源は「表現すること」である、という事。 つまるところは「誘う=行為を提起すること」であり「誘う≠全てを主体的に引っ張ること」ではないこと、「仕掛ける主体性」とは誘った後の展開を担保することに過ぎないのも巡り巡り、「主体性」というものは不変的なものでもなければ絶対的なものでもないのが一つ。 >その証拠 誘っておきながら受動的な行為を取る人もいるし、誘った本人があえて介入を控えることもある。 では、誘う行為に主体性や展開の保証は必要ないのか?というと、そうではない。 誘う行為には相手が行動を理解できる最低限の共通認識は必要が必要になるから、誘う=表現することという原始的なルールにのっとった誘いは、ただ相手に意図を伝えるだけで成立しうるし、その行為に反応する相手が何をどう理解するかは別問題である。 例えを出すならば、誘った相手が「よし応じよう」と行動する場合もあれば、相手が反応に戸惑う場合もあるのが裏付けになる。 ここまでで「論争を申し込む」という事と、「論争の中で主体的に攻撃し続ける」という事は、必ずしも同じではない、という事がわかったと思う、つまりは、論争というのは役割によって説明される(区別される)ものであるわけ。 続き思いつかないのでここでキリ。



さっきストックしてたヤツ一応吐いとく。 >誘ったという行為は、その後の全てを主導する事を指し示すよう定義された公理としての行為なんだ! という考え方なのか、はたまた何なのかは分からないが、これに類似した回答をしてあげると、論争に誘う時は同時に「応答」だったり「反論」だったり「応酬」であったり「対立」であったり、そういった概念を複合的にイメージして、抽象的な「論争」をイメージしてるもの。 乃ち、人が論争をするという事自体に内包さらるのは飽く迄も、「その人が争いたいものを、概念で区別し、その概念で区別した争いたいものを、個別の主張で表すこと」であるわけ。 ここまで厳密な定義にすると「誘ったのだから最後まで主導するべきである」という事があやふやである意味もなんとなーく分かるんじゃないかと思う。 例えば、抽象的な考え方をすると「ボクシング」と「論争」は類義語になる。 なぜかというと、ボクシングとは「お互いがどのように応酬したか?」という概念的意味合いを持ち、それは同時に、論争とは「お互いがどのように応酬したか?」という概念的意味合いも持つから。 哲学的な話の中では、議論のことを「戦い」とも例えるし、「試合」とも例える、なぜ、こういう例え方をするかというと、「対立」という「人が意見をぶつける過程」に起こる 「お互いがどのように応酬したか?」というポイントを、こういう共通する抽象的な概念をもった言葉で語るから。 実際俺らは普段あやふやに論争をしているけど、それが「なぜ、あやふやなのか?」といえば俺らが論争で重視しているものが「厳密な役割の定義」ではなく「応答によって対立をあらわす」という事に基づいているんだから。 難しすぎてよく分からないかもゴメン。