4月12日、大阪の茨木市で、慰安婦の強制連行が「あった」とする派と「なかった」とする派の双方が同時刻に集会を開くという異例の出来事があった。なぜこういうことになったのか、その顛末を報告する。
                                 <拓殖大学客員教授・「つくる会」理事 藤岡信勝>

 昨年の5月13日、大阪市の橋下徹市長による慰安婦発言があった。茨木市の木本保平市長は30日の記者会見で、「橋下市長の言っていることは、おおむね正しい」という趣旨の発言をした。木本市長は維新の会系として市長選に出馬していたという事情もあったかもしれないが、それ以上に「慰安婦の強制連行はなかった」というのが木本氏の明確な認識であった。

 翌日、毎日新聞がこれを記事にしてから、日本共産党の朝田市議らが6月の市議会で市長の追及を始めた。市長は「市議会は予算を決めたり条例を作ったりするのが本務である。その問題については市庁舎の外で討論をしよう」と逆提案した。そして、「市長としてでなく、一政治家としてなら自分の意見をいくらでも言う」と答えた。

 これに対し、左翼系の団体は市長糾弾の絶好の機会であると思ったようだ。市長提案に乗った形を取りながら、2月8日、市長との討論会を企画した。そのタイトルは「政治家木本保平さんの発言の問題点を考える公開討論会」というもので、チラシに書かれている主催者は「木本保平茨木市長の発言を許さず抗議する共同呼びかけ人」である。そして、登壇者については、次のように書かれていた。

○呼びかけ人グループパネラー 清水紀代子さん(追手門学院大学名誉教授) 吉見義明さん(日本の戦争責任資料センター代表)
○政治家・木本保平グループパネラー 木本保平さん(茨木市長) 未  定

 この「未定」のところに、私が呼ばれたのである。木本市長はフェイスブックの「友達」だった。
 しかし、右の公開討論会なるものは討論会の名を借りた市長糾弾会である。この計画を知った私は、この形の中でこれに参加することはできない、と市長に私見を申し上げた。ただし、私は、かねてから吉見氏との討論の機会を望んでいた。この機会にそれが実現できるなら、大いに意義のあることだと考えた。そこで、1月23日、茨木市におもむき、市長と市長発言支持グループのメンバーと会い、以下のことを確認した。

①主催団体は、双方のグループから出たメンバーによる実行委員会とする。②論題は一つで「朝鮮人慰安婦は強制連行されたのか?」とする。③登壇者は、シンメトリーの原則に立ち、木本市長の対抗馬としては当然ながら、選挙で選ばれた茨木市の現職の市会議員がなる。

 とりあえず2月8日の会合は白紙とし、以上の提案を先方に伝えて交渉に入った。基本ラインは合意に達した。当方には、吉見氏との対決討論を実現したいとの希望があり、先方には木本市長を引っ張り出したいという希望があったと考えられる。日程は吉見氏の予定の都合もあり、4月12日の夜となった。

 もう一度問題を整理すると、私たちは、
○市長側 木本市長+藤岡信勝
○反市長側 (X)+吉見義明
という組み立てを確認した上で、Xには、茨木市議の誰かが入るべきだと主張した。ところが、Xを引き受ける人物は誰もいないという。おかしな話だ。市長発言を糾弾しながら、自由な言論の場で市長と討論することを回避する。これでは市長を批判する資格がない。

 そこで、次に、やむなく条件を緩め、大阪府下のどの自治体でもいいから、現職の議員(または市長)を出して欲しいと求めた。しかし、返ってきた答は、ディベートに出ることの出来る者はいない、というのであった。なんということだ!

 当方なら登壇できる議員の論客がきら星の如く多数いる。それが、「強制連行あった」派には大阪府下に誰一人としてディベートで主張できる人物がいないというのである。これではもう、慰安婦問題で茨木市長を糾弾するなど、もってのほかである。反日派の実情は、本当に情けない限りだ。 そこで、こちらはさらに譲歩し、議員でなくとも一般の活動家でもよいと返答した。すると、先方は女性の方を出してきた。それはいくらなんでも受け入れることはできない。慰安婦の問題は、性の問題、ジェンダーの問題が絡むからこそ、反日の材料として悪魔的な効果をもったのだ。女性と男性でこの問題を討論することは、ディベートの公平の原則に反するのである。そこで、その趣旨を話し、男性の活動家を出すように依頼したところ、先方は「女性はいけないとは、女性差別だ」と訳の分からないことを言って、企画自体の取りやめを伝えてきた。結局は逃げたのである。

 そこで、本来討論会が開かれるはずだった時間帯に、当方だけで盛大に集会を開催しようということになった。ところが、こちらの動きを知って、先方も同じ時間帯に集会をすることになった。こうして、4月12日の夜には同じ時間帯に、

○「慰安婦問題を考える市民の集い─茨木市長 慰安婦発言の真意を語る」(参加者220人)
○「『慰安婦』は強制ではなかったという木本保平市長発言を許さない集会」(参加者180人)

という二つの集会が開かれたのだった。両者の集会の会場はわずか250メートルしか離れていない。どうせなら一緒にやればよかったのである。反市長派の集会は、「負け犬の遠吠え」集会とでもいうべきものである。 私は吉見氏との対決討論をあきらめていない。新聞でもテレビ局でも、主催してくださるところがあれば、東京で開催したいと念願している。

                <新しい歴史教科書をつくる会会報誌『史』104号より転載>