よく、憧れの女性を見つけてその人に近づけるように、なんとかかんとか。。。って雑誌とかに書いてあるけど、いままで、そこまで憧れの人っていない。こういう人になりたくないっていう人はいっぱいいたけど。。。なんかすごいな、っていう人はいっぱいいるけど、なんか仕事とその人の性格あわせて、すばらし過ぎるって思える人、それでそれが私にあってる人ってあまりいないとおもったけど・・・
ふと思った、別に女性である必要はない。別に私はすばらしい女性になろうと思ったことはない。すばらしい学者とやさしい人になりたい。そうおもったら、いるよ、あういう風になりたいって思える人!すごく頭良くて、面白くて、やさしくて、そして、誰でも、外国人含めて、一人前として扱う人。そうあの先生はすばらしい。わたしはあういう風になりたい。しかも、別にただすごく、知的なだけじゃなくて、噂話とか好きな、お茶目な部分もあって、そう知的で愛らしい!知的な部分は譲れないよね、研究をクリティカルに分析できる、能力はほしい。はっきり、その理論は役に立たないって、いえたら、(もちろん何も知らないで、批判するだけは問題外ね。)かっこいい。
でも、その先生、私の学校じゃないので、来学期は毎週会わないけど、私の研究、たまに見てもらう約束もしたし、わたしも期待にこたえるために、一生懸命やろうと思う。あ~それにしても、あの先生が私の学校にいたら、どんなにいいか。
ファイナルペーパー執筆中。なにか足りない、なにか納得しない、この私のペーパー。なんか強いargumentがない。締め切りまでになにかいいアイディアが浮かんでほしい。。
インターネットって便利で、いろいろ時間節約してくれるけど、でも結局、時間も無駄にしてしまう。もし一日ぜんぜんインターネット見なかったらあと、50ページは読めてる気がする。。でもコンピュータしか、相手にするものがいない。

明日から2週間は最後のがんばりどころなので、また気持ちを入れ替えてもう一分張りしよう。わたしは今まで、いくら授業中、いっぱいしゃべれなくても、学部で目だってなくても、勉強さえちゃんとやってれば、いいと思ってた。いい論文かけば先生は分かってくれると思ってた。でも、実際はそうじゃないのかも。先生に近づいて、気に入られることも実力のうちに入るのかな?担当の教授にはちゃんと話しに行ったらり、報告したりちゃんとしてるけど、それ以外の先生、特にきっと指導教官にならない人には、別に接点なくていいやとか思ってた。どうせ相手も私のこと真剣に受け止めてくれるか分からないし。だからこそ、私のことを一人前のちゃんと考えてる生徒と思ってくれる先生はとても好きで、ぜひ指導して欲しいと思う。こんなほかの文化を扱う学問なのに、留学生大変って分かってくれて、それでも一人前の学生と扱ってくれる人って、あまりいないものだ。

いったい何が、他人を理解できる人と、できない人、しようともしない人にわけるんだろ?なんで、ただ単に、他の人を思いやることができないんだろ?そういういつもはじかれて、相手にされない経験がないのかな?それともそういう経験があって、その位置には絶対戻りたくないから、中心にいようと端を作るのか?それとも何も考えてないのか?


"Hello, babies. Welcome to Earth. It's hot in the summer and cold in the winter. It's round and wet and crowded. At the outside, babies, you've got about a hundred years here. There's only one rule that I know of, babies — 'God damn it, you've got to be kind.' "