今学期初めてのTAで、しかも自分の専門と違う科目で、かなり大変なことになってる。体力的にも精神的にも。
でも、2回目のテストの採点で、今日なんだか一つ悟った気がする。
100レベルの授業のテストを採点するには、ある程度自分の学問へのこだわりとかをすてて、単純に、機械的にこなしていかなくてはいけない。でも、また私はそんな簡単に自分のこだわりを捨てきれないから、教授に指示された、答え方一つ一つにイライラしながら、採点してる。
そして、この教授、テストの作り方最悪。5個の問題の中からすきなの2つを選んで答えよ。(それ以上答えたらエクストラクレジット)。。。こんなのばっかで、採点するほうは混乱するし、じゃあ、全部とりあえず答えちゃったほうが、3つ間違ってても2つあってるの点数にいれて、って感じになっちゃう。
そして、世界中の、考古学古跡が見つかった場所を世界地図で探す問題は、問題にはジェネラルな地域を指せ。とかいてあって、どの程度がジェネラルなのかわからない~~~!
ケニアをさして、エチオピアのジェネラルになる??ブラジルをさして、チリのジェネラル?まさか、ロシアを指してフランスはないでしょ。。。
教授が言うには、「フランスとロシアは違うけど、ケニアとエチオピアはまあいいでしょう。」
なんて、Eurocentricな考え方だ。でも私はそれにしたがって採点して、そのEurocentricな考えを再構成してるかんじ。そして、学生はアフリカの国は大体同じって、考えるようになるのか。。。

それにしてもこの先生はじめのアンサーシートくれないから、2,3時間かけて自分たちで答えをさがさなきゃいけないのは、あまりにも時間の無駄でばかげている。

このクラス教えるには、ある程度自分のこだわりを妥協して、教授の考えに従わないといけないけど、それでも、やっぱり、納得いかないことがいっぱい。そして、この納得の行かない気持ちを、なくしたくもないと思う。それじゃなきゃ、いつか私もケニアとエチオピアは大体一緒って教えてる。
アメリカだからいつでも好きなだけ自己主張して、意見いっていいっていうのは大嘘であって、もちろん回りの雰囲気や人間関係、ポリティックスを考えなくてはいい将来はこない。  もちろん主張するべきことはするべきだけど、いつするべきかいつ黙って、敵を作らず将来の状況を良くするべきか良くわからない。へたに敵を作ると問題のある学生って見られちゃうし、下手に黙ってると何も言わないから適当に扱っていい学生って思われる。
どんな世界でも人間関係、ポリティックスが重要なんだね。かなりがっかりするよ。
絶対私が正しいって思ってても、それが通じないときもある、きっと人生ってそんなもん。。??
なんかかなりネガティブになるよ。
久々に自分のブログに戻ってみた。
最近考えることやることいっぱいあるけど、書く気力もなかった。

なんか社会科学って、いったい何なんだろう。研究や論文に対する評価がすごく曖昧なもので、みんなが同じ様にいいと思う論文ってあまりなくて、どんなにいい物でも批判する人は山ほどいる。影響のある研究であればあるほど、それに対する批判って多い気がする。しかも、おなじ理論的前提で話をしないと、まったく分かり合えないし、私にとってあまり前の理論でも、それに賛成しないと、それにももどづく議論って全く説得力がない。

最近学生同士の勉強会で、自分の研究を発表して、いろいろアドバイスもらったんだけど。なかにはすごく役に立つアドバイスもあって、とても感謝してるけど、なんか7割のアドバイスが、本当に理解してえるの?読んだの?って感じのものだったりして、ちょっと混乱ぎみ。あるいは、まったくその方向に行く気がない研究の方向性を薦められたりして、私の研究の一番の目的と方向性が通じなかったらしい。きっとそれをうまく出来なかったのは私の論文の書き方が曖昧で、うまく表現できなかったせいだろうけど。それにしても、言葉を失うようなアドバイスも結構あった。。。

おなじ前提を共有してる人からの、批判はすごくうれしいし、考え直す機会になるけど、まったく前提を共有してない人からのアドバイスってどういう風に受け取ればいいか分からない。

2人の教授に見せたときは、全くそういう問題なかったのに。。。でも彼らのクラスに基づいて発展させた研究だから、きっと同じ理論的前提があるんだろう。。。

これからこの世界で生きていくには、批判されることばかりだろうけど、それに慣れないといけない反面、本当にいいアドバイスをくれる人も見極めるのも必要なのかも。。。