もう週末が苦痛でしょうがない。


ルームシェアしている弟の友人の彼女が毎週金~日泊まりにくる。

家が木造だということもあり、

静かにしてくれないと2階の音、振動が筒抜けになる。

何度もお願いをしているのだけれど、静かにしてくれない。

本当に迷惑。


今も黄色い声がする。

うるさい。


先週、私の部屋に友達が泊まりにきた時もそうだった。

友達も切れていた。


とうとう神経性の頭痛が始まった。


お邪魔しますの挨拶がないことも、

靴を脱ぎ捨てていることも、

人のものを勝手に使うことも、

もうどうでもいいから、

頼むから黄色い声を出さないで。


今夜も朝5時まで続くんだろうか。

あ~あ…



私にとって寂しい出来事があった。



☆3月のこと

遠くで一人暮らしをしているおばぁちゃんの体調が急変。

子猫が死んだ数日後、

誤って水風呂につかり、かつ、足が動かなくなり、

ヘルパーさんが発見した時は体温23度。

その後、高熱を出す。


その頃、私の体もおかしくなっていて、側にいけず。

しかし、毎日電話をする習慣が始まる。




☆4月のこと

足が悪く、ほぼ寝たきりだったおばぁちゃんが完璧寝たきりになる。

意識はとてもはっきりしていて、入院を拒む。

毎日、医者、看護師、ヘルパーさんたちが訪問するようになる。


相変わらず、私の調子も悪く、家と会社の往復が精一杯。


寿命は 人間の手には負えない領域のものだから
祈るしかできなかった。
側にいない状況が口惜しかった。




☆5月のこと

GWにおばぁちゃんに会いに行く。

死の臭いがする誰も長居しない部屋で、介護をした。

吐き気がする現実と向き合いながら、 笑顔で孝行をした。

末期癌の宣告があった途端、
今まで知らん振りだった大阪の血縁者が動き出して
命のカウントダウンをし始めた。

人の命を何だと思ってるんだ、と思った。
頭も心も体もまだ動いてるんだぞ。
たった1つしかない命やぞ。

おばぁちゃんは大阪の病院へ
死ぬために運ばれて行った。

その後、週に1回電話がある。

私の心配をしてくれるおばぁちゃん。




☆6月のこと

火曜日。
大阪の病院まで行った。
ナースステーションから離れた4人部屋の隅に
おばぁちゃんは横たわっていた。
今までの半分の細さになっていた。
「おばぁちゃん、来たで。」
耳元で声を掛けると、細く頷いた。

強い薬のせいもあって、
なかなか覚醒しなかったけれど、
私たちは覚醒する時をじっと待った。
もう頷くことしか出来なかったけれど、
私の言葉に何度も頷いた。
何度か目を開けて私を見て、
「おおきに」
と泣いた。
マッサージをすると気持ちがいいと言った。
何度も両手を私の方に差し出しすので、 
何度も何度も抱きしめた。
「えらかったな、ゆっくりしていいんやで」

私が会いに行ったあと、
おばぁちゃんは昏睡状態になった。
私が来るのを待っていたかのように。


土曜日の夜、
朝までに何度も目が覚めた。
白いような黄色いような
部屋がとても眩しくて、
目が開けられなかった。


日曜の朝、
おばぁちゃんが死んだ、と連絡があった。
苦しまずに逝った、と。
意識がなくなるまで
私の名前を呼んでいた、と。

部屋に来てくれていたのだね、
私は知らずに
宝くじの夢なんかみていたよ。
相変わらずでごめんね。

みんな死ぬんだから、しょうがない。
そんな分かっていること、
今は誰の口からも聞きたくない。
まったく心に響かない。



昔のことを思い出した。

以前、昔の彼のおじいさまを
一人で見舞った時のこと。
私は一人で淡々と話をしていた。
無菌状態の部屋で、村上春樹の小説のように。
すると、 昏睡状態だったはずの
おじいさまは酸素マスクを取って、怒鳴った。
「もっとはっきりしゃべらんか、
聞こえないじゃないか」


以前、友達が病気で苦しんでいた時のこと。
女性が夢に出た。
「この子をよろしくお願いします。」
引越しの手伝いに行って初めて、
夢の女性が亡くなった彼女のママであることを知った。

極稀に、奇跡に近いことと遭遇する。

こうして私の人生は続く。


またまた時間が空いてしまった。


ここ数ヶ月の間、いろいろなことがあった。

すごく嬉しいことと、すごく悲しいこと。


人生は「プラスマイナスゼロ」だという説がある。

プラスの分だけマイナスがある。

マイナスの分だけプラスがある。

トータルしてゼロになるという、そんな考え。


私はその説を現時点では信じていない。

まだそんなに生きていないから、

これから考えが変わるかもしれないけれど。


世の中平等なものなんてない。

すべての人に当てはまるものがあるとするなら、

生と死だけだと思う。