今日もまた、素敵なアイデアが降ってきた
自分の心と思っていたものは
実は自分のものではない!
ということ。
これは、相手のものとか、誰のものとか、
そういう話ではなくて
私のこころが感じた(もしくは感じている)と思ったものは
すべて例外なく結果でしかないので
私自身ではない
ということ。
もう一回言うよ!
私のこころは、真の私ではない!
これは、アイデアが降った時は一瞬びっくりしたけれども
個人的にすごくしっくり
やっぱり、私たちは結果ではなくて
原因でしかありつづけることはできないのだなぁって。
だってさ、これは前に出した記事とも繋がるけれども
ほんとうの私たちというのが
身体であるとしたら
すごく残酷だと思わない?
すごく儚いと思わない??
ねぇ、どうなの?
そう思うかどうかは個人の選択だからさておき
少なくとも私は、
私たちの本来の姿は身体ではないと思うのです。
だってさ、
せっかく私とこの世界で出逢った人たちは
私も含めて
みんな死んでしまうのですよ?!
どゆこと?!って感じじゃない?
なんかそれって逆に
現実味がなくない





よくよく考えてみれば
とっても変じゃない






なのに、私たちは
いろーんな悩みを抱えている
恋人のこと、家族のこと、勉強のこと、セックスのこと、お金のこと……
それはそれは本当に色んな形の問題があるように見える。
そして、私たちはその問題解決に励む毎日に没頭する…
問題解決に必死なので、
私はいつも、何かもっと大切なものを見落としている気がするのです。
何かとっても大事なものを忘れている!
ここにあるのに!
ここに!!
あるのに





私たちは、一体何を探そうとしているのだろう
わたしには
絶対に聞いてはいけない、
1つの疑問があります。
それは、
もし、私たちが問題だと思って解決しようと必死にしているひとつひとつのことが
実は、フェイクだったら?
私たちをある大事なことから気をそらさせるためのものだったら??
そんな疑問がずっと、ある。
だから、あなたに聴く。
あなたは何者としていたいだろうか?
永遠なるものでいたいか。
それとも、必ず死を迎え、朽ちて消えて行く存在でいたいか。
私たちの真価は
この世界にはない。
そう思うんだ。
ほんとうの真価は
私たちが一度忘れることを選んだがために
手から離れてしまっただけで
目には見えない
この手で触れることができない
何かもっと完璧で
美しいもの
それが、私の現実(リアル)であり
あなたの現実(リアル)。
