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Holyのブログ

「本を書いてみたら?」とアドバイスをもらい、
「本を書いていますか?」と聞かれ、
「本を書きましょう。」と言われた、人です。

「今日はどんな調子?」


おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。


あなたは、自分のカラダになんて声をかけていますか?

 

私は、数年前から投資先を変えました。
洋服や靴など自分の外側を着飾るモノ、から、食事・睡眠・運動、へ。

 

お金だけが、資産ではないことに気づいたら、随分気が楽になりました。
時間やエネルギーの使い方を見直しましたら、気づきがありました。

 

ネットで調べれば、生涯の健康に関する費用についての記事がヒットします。(信憑性の有無は、自分で判断してください)

 

「一瞬でも、痛い思いはしたくないなぁ。」
私のカラダの健康に対する基本的な考えです。

 

あなたは、自分のカラダになんて声をかけていますか?

 

このブログを通して出逢えたことに感謝します。
ありがとうございます。
また会いましょう。

「OK OK OK」


おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。


あなたは、自分への許可を、一日にどれだけしていますか?

 

綺麗事でもなんでもなく、
他人を優先して生きることが、生きることだと思っていました。
他人からの許可を得ることで、自分を許可していました。
「他人が喜んでくれるから」
そういう生き方だから、過去の私は生きてこれたのです。

 

年月が経っていくうちに、
色々な経験をして、色々な人と出逢い、
少しずつ、少しずつ、私が私を許可するようになりました。

 

きっかけは、私が私を見る/視る時間をスケジュールに組み込んだこと。

 

鏡の中にいる私に
OK OK OK
と言います。

あなたは、自分への許可を、一日にどれだけしていますか?

 

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「empowerment支援人、どこかな?」


おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。


あなたは、empowerment支援の経験はありますか?

 

私は、「empowerment支援人、どこかな?」と観察しながら生きています。
人と表現しましたが、
花だったり、
動物だったり、
本だったり、
服や靴だったり、
身の回りにあるものだったり。
人に限って、私への気づきをもたらすのではないと、個人的には思います。
それから、気づきがあったとしても、
私が気づける状態かどうかによって、変わるかもしれません。
誰/何に言われるかによって、受け取り方が変わるかもしれません。

 

仕事柄、生きてきた環境もあって、
老若男女、国籍問わず、色々な人々と関わってきました。

私とはどんな存在なのか?
私はなぜ生きているのだろうか?
社会的な役割や肩書がない私は、何者なのだろうか?

 

誰だって、empowerment支援を受けたい。
そして、誰だって、empowerment支援人になれる。

 

あなたは、empowerment支援の経験はありますか?

 

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宇宙の計らいだったんだ

 

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。

 

今日は、ちょっぴり次元の違う話、
でも三次元で起きている話をしようと思います。

あなたは、宇宙からメッセージを受け取ったことはありますか?

私は、今も受け取ります。

 

幼い頃から
「ん?いつもの私とは違う言葉が頭にいくつも浮かぶなぁ。」
ということが、たびたびありました。

誰かが、言葉だけで語りかけてくる。
そんな感じです。

 

幼いころの私は、
周りの人たちに、「よくヒトリゴト言っているよね。誰と話してるの?」
としばしば言われたものです。

「誰かに教わる前に、ある程度できる子」
とも言われて生きてきました。

今思い返せば、頭に浮かんだ言葉をつなぎ合わせて、行動してみた結果、
ある程度できていたのかな、と思います。

一方で、この世界にいる誰よりも私のこの感覚を信じられませんでした。
サイキック能力のない私。
証明したいけど、周りの人を説得できない私。
感覚優位ではあるけど、論理的にも考えたい性分の私。

 

確かめようがないのです。
身近にいる大人に相談しても、
「何を言っているの?」と言われました。
「私っておかしいのかな?」と思っては、
独り、声を出さずに泣いていました。

 

私が大人になって、何人かのサイキック能力を持つ方々に聞きました。
“私と向き合う時間”を予定に組み込んで、私と向き合い続けました。

随分と時間はかかりましたが、
ここ最近、やっと自分の中にあった“疑い”が“確信”に変わりました。
やっぱり、私ではない言葉だった。
それは「宇宙の計らいだったんだ」と思うようになりました。

 

信じる/信じない、の話をしようとしているのではありません。
有り得る/有り得ない、の話をしようとしているのではありません。

地球上のどこかに、「私っておかしいのかな?」と思う人がいるとするならば、
「あなたもそうなのですね。私もでした。」
と伝えたい。

 

あなたは、宇宙からメッセージを受け取ったことはありますか?

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「いいんだよ」


おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。

 

あなたは、自分を許可する言葉を持っていますか?

 

私は、持っています。
いいんだよ

自分の力ではどうしようもなかったとき。
頑張ったんだけど、望んでいた通りにならなかったとき。
「祈ったけど、祈りが通じなかったのかも。」と落ち込んだとき。
気が焦って納得いく出来ではなかったとき。
心がどうしようもなく、悲しかったとき。
頭では理解できず、どうしたらいいのかわからなかったとき。
「私がいけなかったんだ。」と自分を責めたとき。
「生きていかなきゃ。」と追い込んだとき。

 

年齢関係なく、生きていれば、いろいろなことがあると思います。
人それぞれ。
そう考えて、いろいろな単語を連想ゲームのように繋いでいたら、見つけました。
それが、「いいんだよ」です。

 

いいんだよ
シンプルな言葉。
きっと、言葉を理解できる年齢であれば、この言葉を知っているでしょう。
シンプルだからこそ、多様できる言葉であり、
ニュアンスやイントネーションによって、コロコロ意味合いが変わります。

 

私はというと、
顔をできるだけ上にグッと上げて、
口角を無理矢理にでも上げ、
目は虹をイメージして、笑顔でにんまり、
気持ちよい自分のタイミングで深呼吸をして、
いいんだよ
と一回言います。

 


あなたは、自分を許可する言葉を持っていますか?

 

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