葉巻とゆかりのある歴史上の人物について語ります。
35代大統領のジョン・F・ケネディは今でも人気のある大統領で,
キューバ危機への対応やマリリン・モンローによる
「ハッピーバースデー・ミスタープレジデント」が有名なエピソード
でしょうか。
また熱狂的な葉巻愛好家としても知られています。
ペティアップマンという小さめのサイズがお気に入りで,
このキューバ産葉巻について逸話が残っています。
1959年に米国マイアミに近いキューバでそれまでの親米政権を
カストロやゲバラなどの革命政権が打倒しました。
当初アメリカとの良好な関係を望んでいた革命政権でしたが、
農地改革法に伴う米国企業へのダメージ、社会主義を警戒
した米国によるキューバへの攻撃(CIAによるピッグス湾事件)
などと両国関係は急速に悪化していきます。
そこで米国は産業が整っていないキューバへの圧力として,
国交断絶に続き全面禁輸を画策しますが、ケネディ大統領は
直前に部下に自分が愛好するキューバ産葉巻である、
ペティアップマンの輸入手配をさせます。
そして1000本ほど手配が出来たとの報告を受けてから、禁輸措置
に関する書類へサインしたというのです。
この手配をしたという葉巻の本数が重要で,ケネディは1日に3本ほど
消費していたようで、つまり1年くらいのストックについて様々な解釈が
なされます。
①単純に集められる限りで我慢した
:急に集めるのは困難な状況ではありました。
②キューバが経済封鎖に音をあげて歩み寄るだろうとの観測
:実際にエルネスト・ゲバラと大統領補佐官グッドウィンとの
極秘会談がなされています。
③米国で計画されていたキューバ進攻作戦に自信を持っていた
:マングース作戦(Operation MONGOOSE)が極秘裏に進められて
いました。
しかし事態はキューバの危機感からソビエトへの接近、
核ミサイル基地建設へと進み、キューバ危機が勃発してしまいます。
(1962年2月3日に全面禁輸決定後、10月16日に米偵察機がキューバ
建設中のミサイル基地を発見します)
幸いにもキューバ危機は、フルシチョフ・ケネディの交渉により収束
されます。
その後は米・キューバとの極秘会談が進められていたようですが、
ケネディ大統領は1963年にダラスで暗殺されてしまいます。
結局アップマンを集めさせていた当時の大統領の思惑はわからなく
なってしまいました。
現在に至るまでキューバと米国とで国交断絶が続きますが、
ようやく緊張緩和でしょうか2014年末に国交交渉の開始が
オバマ大統領、ラウル・カストロ議長(フィデル・カストロの弟)の
両首脳より声明となりました。
反米的なベネズエラ・チャベス大統領の死もあり、ラテンアメリカの
様相もこれから大きく変わりそうです。
そしてアメリカではキューバ産葉巻が流通するようになるのでしょうか。
今の出来事が後世どのように歴史書に刻まれることになるか、
非常に興味深いです。
