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この写真は吾輩が中学生時代に野球部に入部していた時の、今から半世紀以上前の写真である。

今日久し振りに昔のアルバムを見ていて、懐かしさと当時の野球の練習の厳しさを走馬灯のように当時を思い出し、まさに喜怒哀楽の世界であった。

当時吾輩はピッチャーをしていた為に、野手の選手とは厳しさも半減していたが。

監督は数学の先生、この先生は大学時代野球部に所属していた為に、今の時代では考えられない激しさであった。

練習時失敗をするとバットで尻を叩かれるのである。現在では社会から敲かれ即首だろう。

又、スラィディングは以前ヘッドスラィディングをしていたが、試合中サードの守備に就いていた彼が2塁打を打った時に2塁にヘッドスラィディングをし、相手のスパイクで頭を踏まれ、3個所傷を負う事が有ってからは、ヘッドは極力せずに、プロ野球が採用している、足からのスラィディングを練習する事と成った。

之が大変である、というのも前文のバットの尻叩きで尻は痣、おまけに腫れも加わり、この状態でのスラィディングは苦痛そのもの、例えばスラィディングをせずにベースを駆け抜けると又バットピンタである、

一つとってもこの様な厳しさであったが、スパルタ指導の厳しい練習であったが、試合が有るたびに常連の優勝校となった、この写真も優勝時の一枚である。

吾輩のピッチャーとしての記録は、3年間の内ノーヒット、ノーランは2度。
一試合三振最高19kであった。

投球内容は直球・カーブ・当時のドロップ・アウトドロップ・シュートの5種類を駆使していた。

投手としては昭和30年に市役所に声があったが当時の初任給は月5000円で申し訳ないが断り、他社に、初任給は6500円であったが、半年後に15000円となっつた、今を思えば市役所の方がよかったかな「笑」そうなるとアルバイト「バンド」も出来なかったが。「爆笑」