元勤務していた某会社の社長は多忙の為、総務部長と連絡が付き午後3時半の面会とし、頼まれていた就職の件で約1時間、久し振りの再会で雑談を交えながらのお願いをする。
今年の就職希望者は総勢120人だそうである。この中より約10名の採用とか、まして製造関係なので主に男子を希望している中、女子も英会話希望者が30人も居るそうだ。
総務部長も私のお願いなので心しておくとの返事を頂き、返事の様子では70%は良いと感じたが、後は何分にも3月19日の試験及び面接の結果如何で、本人努力次第である。
唯、私としては良い結果を願うばかりだ。
販売先もソ連、USA、EU、韓国、台湾、中国、東南アジア、と販売をしていて売上の70%~80%は輸出の為、現在は円高で厳しい面もあるが業績は伸びているようだ。
「今日は何の日」
1954年「昭和33年」の今日
関門海峡の海底を通る道路トンネル、関門国道トンネル開通式が行われる。全長3461mでその内海底の部分は780mである。戦前の「昭和12年」に着手されたが、戦争と戦後に工事の中断があって完成までに21年の歳月が流れました。
1973年「昭和48年」
石油危機に依って起きた商社等による生活関連物資の買占めと売り惜しみに対する緊急処置法案が確認設定される。その後石油危機が本格化し,この年昭和48年には消費者がトイレットペーパーの買占めに走る騒ぎが全国各地で起きました。
当屋敷も昭和47年11月に注文し翌年の3月中旬完成の予定が、5ヶ月遅れの8月に出来上がった。石油加工製品が品不足と言う事だったが。この石油危機のため工事が遅滞した為に日割り計算で弁償金が有り60万ほど助かった。儲かった・・儲かった・・「笑」