アウトドアという言葉が浸透して20年くらい経つでしょうか。
もちろん、それ以前からアウトドアは、ひそかに好きな人達の中で脈々と受け継がれていたわけです。
一気にアウトドアが流行ったのは、いつ頃かは定かではありませんが、バブルが崩壊して、みんなやっとまともになった頃だったような気がします。
その頃は、コンクリートジャングル(古いなー)ではなく、自然の再発見というか、「やはり自然だよね」という風潮があったように感じます。
人間が人間のこころが傷ついた時、やはりそれを直してくれるのは「自然」しかないのだとやっと気付いた時代だったのかもしれません。
まあ、堅い話な抜きにして、このブログの趣旨は、ただひとつ
「アウトドアなんて簡単」「難しく考えることはない」ということ
いろんな道具を持って、ジープでキャンプしたり、川でカヌーをしたり、それもアウトドアですが、アウトドアは、それだけじゃありません。
アウトドアは、日常にあるのです。
散歩して、見つけた小さな花や小さな虫を眺める。ただ、ボーとして空を眺める。
それだって、アウトドアだと思います。
家の中でパソコンしたり、テレビを見たり、それもいいでしょうが、少しだけ外に出て、空気に触れて深呼吸して、寒いとか暑いとか、全身で感じることがアウトドアだと定義します。
もちろん、それ以前からアウトドアは、ひそかに好きな人達の中で脈々と受け継がれていたわけです。
一気にアウトドアが流行ったのは、いつ頃かは定かではありませんが、バブルが崩壊して、みんなやっとまともになった頃だったような気がします。
その頃は、コンクリートジャングル(古いなー)ではなく、自然の再発見というか、「やはり自然だよね」という風潮があったように感じます。
人間が人間のこころが傷ついた時、やはりそれを直してくれるのは「自然」しかないのだとやっと気付いた時代だったのかもしれません。
まあ、堅い話な抜きにして、このブログの趣旨は、ただひとつ
「アウトドアなんて簡単」「難しく考えることはない」ということ
いろんな道具を持って、ジープでキャンプしたり、川でカヌーをしたり、それもアウトドアですが、アウトドアは、それだけじゃありません。
アウトドアは、日常にあるのです。
散歩して、見つけた小さな花や小さな虫を眺める。ただ、ボーとして空を眺める。
それだって、アウトドアだと思います。
家の中でパソコンしたり、テレビを見たり、それもいいでしょうが、少しだけ外に出て、空気に触れて深呼吸して、寒いとか暑いとか、全身で感じることがアウトドアだと定義します。