岩尾のお父さん -3ページ目

岩尾のお父さん

日常的にできわく様々な事象を、自分なりの分析で、素直に書き記し、その日の自分を確認する。

国語辞典を開くと、
信用とは、①信じてもちいること。②信じて疑わないこと。信頼すること。等々---
信頼とは、①信じて頼ること。とある。

私にとっての信用は、あの人は信用出来ないと、
否定的捉えることが多いような。
私にとっての信頼は、あの人は信頼に足ると
肯定的捉えることが多い。

だから、あの国・あの新聞社は信用出来ないとか、
あの国・あの新聞社は信頼出来るが、信用出来ないと専ら使ってたけど---

しかし今は、
信用も信頼も出来ないという言い方をしたりする
使い方に変化してる気がする。

吉田証言を元に強制連行があったと自国を貶める
A新聞社・M新聞社---

何十年の経日後、あれは間違いでしたと謝罪はしても
改心は無く、
中国・韓国と親しくすべきだと高弁を垂れる。

私にとっての本来の「信」は、信用出来ない、
信頼に足りうるという信用・信頼なのだ。

信用に足る、信頼が置けると、肯定的に表現される
A新聞社、M新聞社であってと
早く改心してと願わない訳にいかぬ。

言葉はもっと大切に扱うべきだが、
自分の中では「信用」と「信頼」に込められた
言葉の違いを感じている。


超久しぶりにペンを持った。

 

不思議な国の韓国をどう理解すべきなのか、

随分と頭を悩ましていたが、やっぱりそうかと…

その解答をここに記してみる必要を感じた故に。

 

よく言われるのは、韓国は儒教の国だとか。

 

儒教の本質とはなんだろう?と

常々考えてはいたが、よくわからないでいた。

優れた思想?なのか?

韓国が、優れた思想の上に成り立っている国家だとは、

とても思えないのだ。

 

少なくとも、儒教とはなんだと、その解明こそ大事なことと

最近、とみに感じる。思う。

 

さて、私の考える「儒教」とは、その本質は、

上下関係を明確にしておいて機能する思想であるということだ。

 

社会の中で上下関係を決めたがる。

家族の中で上下関係を決めたがる。

しょうもない親であっても…

 

会社の中で上下関係を決めたがる。

友人の中で上下関係を決めたがる。

 

とにかく、

上下関係を明確にする、しなければ事は進まないということ。

 

だから、

国家間においても上下関係をつけようとするのだろう。

よその国と上下関係をつけようと、つけなければ、

心が落ち着かないのだろう。

これは、相手国は、ものすごく嫌なこと。

 

韓国は日本を上下関係で見下ろす。見下そうとする。

韓国は中国との上下関係でいえば、属国故に、下に位置する。

それで、国家も国民も、心が落ち着くのだろう。

馬鹿な話だ!!

 

儒教とはいい加減な思想なんだろうな!!

 

 

 

 

 

 

 

久しぶり、ほんと久しぶりの投稿だ。

 

年金生活の私は、普段は五千円札は持っていない。

でも、自治会の役目柄、慶弔の出費が必ずついてくる。

正に、五千円札の役目は慶弔の出費にあるのだ。

 

昨年末から新年が明けて、

五千円札が、大量に必要となった。

 

即、慶弔で、必要に迫られると、実に難儀するのだ。

 

千円札を五枚包むわけにもいかず、

病院での支払いの折り、薬局での支払いの折り、

両替を依頼しても、

何故か、12月はうまくはいかなかった。

コンビニで、百円相当の品を、必要もないのに買う。

一万円札を取り出して五千円札を求めるも、

お釣りは千円札オンリーで…

 

いろんな策を講じても、五千円札が手に入らずイライラ。

12月及び元旦に、そんな事態で、ほとほと困りました。

 

昨年末の最後の手段、

銀行で両替せざる得なくなり、手数料を二百円無駄にした。

 

香典に、お祝いに、

五千円札の替わりに千円札を五枚包むという習慣はない。

 

でも、そろそろ、それもOKという時代になって欲しい!

近々、五千円札が、必要に迫られるが、どうな工面で入手と

相なるのか…