ボクが子どもの頃、毎年8月7日は、地域のお祭りだった。


 その伝統が諸々の理由から途切れてしまった。


 しかし、地域の人の身体に染み込む祭り囃子のように、


 なんとか復活させたいっていう気持ちはみんなの心の片隅にあった。


 結果的にボクたち若者の活動が着火剤になり数年前に復活した。


 メインは山車の巡行だけど、本来の目的は灯篭流しによる供養。


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 昼間の子どもの囃子に続いて、夜は大人の囃子と続いた。


 ちなみに山車の上からの風景はこんな感じ。


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 祭りもクライマックスに差し掛かった頃、遠くで雷が聞こえた。


 急きょ、予定を変更して、山車小屋へ直線ルートで県道を巡行することになった。


 非常事態、みんなのDNAに瞬時に火が着いた。


 「竿よこせ!」いつの間にか山車の屋根に昇った年寄りから声が響く。


 数十年ぶりの県道巡行でも、電線を避ける役目を忘れず、


 無意識に屋根に昇り、即座に臨戦態勢に入った。


 ハプニング的だったけど、何十年ぶりに自宅の前を山車が通った時は、


 なんとも言えない、懐かしさと嬉しさがあった。


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 屋根の上の年寄りもとっさに自分の役目を務めたように、


 地味だけど、大事な仕事を黙々とこなす人もいた。


 電線発見の手助けとなるよう、地上から、ライトを照らす人。


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 これも予習したわけではない、屋根の上から指示されたわけでもない。


 身体に染み付いた仕事をこなしただけである。


 現役のボランティア団体である消防団も負けずに、


 ポンプ車のサーチライトで飾りを撤収する作業を補助する。


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 地域の人たちが、それぞれのポジションで関わる祭りが終わった。


 慰労のうな重は、頑張ったみんなへのご褒美だ。


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 また来年も…って言いたいけど、正直、運営方法と、


 責任の所在を明確にしないと、また灯が消える可能性もある。