愛宕さんにはずいぶんとお世話になったものです。
結婚当初に夫の不義理な態度や嘘に辟易。嫉妬と執着と悲しみを聞いてもらったときのはなしです。
その時のメッセージです。
弁天池の前でひとりぽつんと座っていたとき弁天さんからいただきました。
理由をつけて
「あの人はこうだから」「ああだから」
それで「好き」と「決めた」わけではない
「好き」は気づいたら自分の中にあるもの。
「私は何に傷ついてこの感情を持て余しているんだろう」
と聞いてみました。私自身の対話でもあります。
欺かれた。
嘘をつかれた。
女性をモノのように扱う。
大事に扱わないことへの怒り。
落胆。
愛ではない。
欲求。
打算。
利用する。
女性を性の捌け口にする。
女性への愛し方の雑さに対して怒り。
どんな付き合い方をしていたのか知りたいという欲=ジャッジ。
審判したい気もち。
そしてそれを責めたい気持ち。
そんな風に女性を扱った男が私を愛することへの嫌悪感。
自分が自分を愛し可愛がってもらえない代わりに他人に愛してもらおうという狡さ。
↑当時の走り書きを書いてみました。
その時に過去生のわたしが視えたのですが
着物をきて、下駄?草履?が傍に転がっており背を向けた男性の着物の裾をつかんでいます。
町娘のような比較的身なりもきれいな女性ですが着物が乾いた土で汚れていてもそれでも縋っていました。
私は『パートナーシップ』を学ぶことを選んできています。
それは今だから言えることですが渦中にいるとやっぱりつらいですね。。。