先日は、昔付き合っていた人のお誕生日でした。


20年近く経って、いまだに連絡を取ったり、
こうしてお誕生日をお祝いをできるなんて
幸せだな、と思った。




当時20歳そこそこだったわたしと
今のわたしと同じ年だった彼。



世間的にいう、不倫  でした。



奥さんいる人との付き合いを 不倫 と呼ぶなら

それはたしかに 不倫 だった。



付き合ったのは
2年半、かな。


それまでは誰とも半年くらいまでしか続かなかったわたしが、初めて長く続いた人。




なんで関係を終わりにしたか。



肉体関係を、持たなかったからです。




不倫


なんだけど、世間のイメージとは違って、
体の関係は一度も持たなかった。



持ちたかったけど、
持ちたくなかったから、
持たなかった。


訳わかんないですよね?笑



つまりですね、

セ ッ クスはしたいけど
しなかった。

ずっと。

2年半。







お互いしたい気持ちはあった。
能力的にもできる状態であった。


性欲は強くて、しないのは考えられなかった。
歯磨きや軽い運動なレベルでしてたよ。笑





でも、彼とは一度もしなかった。




なぜか。



相手に子供がいたからです。




わたしは、子供がいる人とはしない、って決めてたから、です。

それは今も変わらない。
これはわたしのこだわりであり好み。



相手に子供がいなければ、してた。



でも子供がいなければ、

子供がいることで積み上げられたその人の魅力は感じられないから、きっと惹かれなかった。





子供がいて、家族を、家庭を、大事にしてる人だから、

夫としては知らないけど、父親としての素敵さが伝わってきたから、

だから好きになった。





わたしのものにしたい とか
別れさせてわたしと結婚しろ とか

そんなの、なかったな。
(奥さんとしてたらヤダな、、はあったよ笑。してたか知らんけど)




相手が大事にしているものは壊したくない。
相手が大事にしているものを、わたしも大事にしたい。


その上で、

一緒に2人の時間も過ごしたい。





それが願いだった。




だから、

どちらも叶えようとした「努力」が



・肉体関係は持たない まま

・話をしたりご飯を食べたりお出かけしたり、一緒の時間を過ごす



という形になった。




それが、わたしと相手がつけた、
折り合いの形 だった。



よく「我慢大会だよな、これ」
って言ったなぁ




そうして2年半。



まだまだ20代半ばだったわたしは、
肉体的なつながりを持たないことに
限界が来た。


堂々と出かけたり手つないだりも
しづらかったしさ。




したいなら、しちゃえば良かったのかな。

とか、何度も思ったよね。



でもその都度、違うよな、、って。







不倫って、なんだろうね。

倫 でない
倫理的でない



辞書だと
……………
ふりん
不倫
  1. 人が踏み行うべき道からはずれること。特に、配偶者でない者との男女関係。
……………

とある。





わたしは「人が踏み行うべき道からはずれた」のだろうか?


何が「人が踏み行うべき道」なのだろうか?




わたしはさ、
美しくない選択をしたくなかったんだ。


自分が後悔しない、在り方を
ちゃんと選んでいたかった。



相手が、相手との関係が、
とても大切なものだったから。



そして、相手もわたしを大切にしてくれてたからこそ、
肉体的に入れることをせずに
いつづけてくれたんだな、、。

その自制がすごいよね、愛だよ、、。







20年近く経って思うのは、



あれで良かったんだ、


ってこと。




たくさんたくさん笑って
たくさんたくさん怒って
たくさんたくさん泣いて
たくさんたくさん傷つけて傷ついて
たくさんたくさん守ってもらって
たくさんたくさん大事にしてもらって
たくさんたくさん応援してもらって


楽しいときも苦しいときも
いっぱいいっぱいあったけど、


あの日日は
あの日日のままで

よかったんだ。



今、はっきりそう思う。






連絡もずっと取っていなかったのだけど、
数年前に、なぜかまた繋がって、

それからまた数年不通が続いたのに、

父の納骨前夜に 「あのメール、綾乃か?」って
これまた突然に連絡が繋がって、



数日前には相手の誕生日を祝うことができた。。

メッセージを送って、
あの頃と変わらない、懐かしい、あの頃のままの二人がそこにあった。




あのときからずっと

本質で

ありのまま

だったんだ。





ありのままで

いてくれたし、

ありのままのわたしでいれた。




カッコつけのわたしが
鎧で武装したわたしが
むきだしの自分でいれた。



素のままの、
むきだしのわたしを
すべて見てくれた人。



鎧を脱ぐこと
ありのままのわたしでいい、と

初めて教えてくれたのが

彼だったんだな。




肉体は、お互いむきだしで見ることなかったぶん、
(服すら脱いでない。笑  脱いだらしたくなるもんね)

魂の、
素材そのものに、
集中することが出来たのかもね。



肉体的に男女の関係にならなかったからこそ、
性欲にやられず、肉欲に流されず、
お互いの素を存分に感じ合ったんだな。




だから続いたし、

今もまた、つながった。



縁ある人とは
どうあっても、
また繋がるようになってるんだね。



必死に繋ぎとめようとしなくていい。

何もジタバタすることはないんだ。




肉体的につながることは
これからもないけれど
一生ものの、魂のつきあいだ。






来年、ヤツは還暦です。笑笑


還暦パーティする!って勝手に決めて楽しみにしてるわたし。笑


実際に会って、
いろんなことを語りながら、
お祝いしたい。