22歳の夏…

中隊長や小隊長が変わったり、中隊伝令や小隊伝令が変わったりと異動がつきものだったけど、

本当に俺だけは変わらなかったな。

新隊員の頃、準指導員の先輩から

『俺達で機動隊を変えよう』

と言われた言葉も

交番時代に寮長から

『お前達が県警機動隊を変えろ』

と言われたことも俺は忘れてない。

そして、交番の先輩が殉職したことも…

だから…、俺は同期と一緒に1中隊から変えようとした。


古き良き伝統は守り、悪しき伝統を潰し初めてる最中のことだった。



仲間と遊びから帰って来て寮に戻ると…

俺の同期を除き、1中隊の隊員全員が廊下に立たされていた。

状況が飲み込めてないから、俺は黙って見てたよ。

その時、4中隊から1中隊の伝令に来た同期二人が廊下に立ってる全員に連帯責任と称して、端から順番に殴り始めたのだ。

その二人は俺達が帰って来てることは知らなかったらしいが…

あれだけ感情的になってれば俺達の気配すら気が付かないだろうし、

まして酒を相当飲んでることなど、口調で分かるから尚更、俺達には気が付く訳も無い。


二人が殴りながら言ってることを聞いていて、全ての状況が把握できたけど、

途中で止めることはしなかったよ。

だってさ…

途中で止めたら殴られた隊員と殴られて無い隊員が出てくるからね。

全員を殴り終わった時は、煙草を2本ぐらい吸い終わってたような気がする。

二人の気は済んで、『全員部屋に戻れ!』と、言った時に、俺は『待った!!』と声をかけたよ。

そして、同期の二人をみんなの目の前で殴った。

『異端児!この俺に何すんだよ!!』

と言ってきたから

『好き勝手は許さん!酒を飲んで説教したり殴ってるんじゃねぇよ!!

お前の感情的な気分で仲間を殴ることを俺は絶対に許さない。

つまらん連帯責任など1中隊にはいらないんだよ!』

と言い返した。

『1中隊は4中隊に比べたら甘いんだよ。俺達は殴られて教わってきたんだろ?

今度は俺達が殴って指導する番だろ!?』

と、二人は俺に言ってきたよ。

『1中隊が気に入らなかったら辞めろ!ここは4中隊ではなく1中隊なんだよ!!

中隊伝令になったからって偉そうにしてんなよ!!!

悔しかったら俺を、ひとつでも超えてから好きなようにやれよ!

まっ!俺がここに居る限り、お前らは俺を超えられないけどな。』

と、同期二人に言った時、

あの二人の悔しい顔は今でも忘れてないよ。

中隊伝令風を吹かしてた二人も二人だけど、理不尽に殴られてるのを知らん顔してた同期数人も許せなかったな。

『勝手にやらせておけばいいんだよ』

とか、

『俺達には関係無いよ』

と言う言葉を聞いた時ほど哀しかったことは無かった。


それ以来、1中隊の中で元からの1中隊と4中隊からきた同期と完全に二分化された。

中隊長や副隊長から

『1中隊が乱れてるぞ』

と言われた時

『すみません!全て自分の責任です。』

と答えることしかできなかった。

100名近い人間を一糸乱れぬようにするためには、どうしたらいいか自問自答の日々が続いた。

そんなある日、

俺を指導してくれた無線担当だった先輩と県警本部でバッタリ会い

『異端児!随分と頑張ってるらしいな!!お前のお蔭で俺は鼻が高いぞ。』

と挨拶がてら言ってくれた後に

『正義無き力は暴力なり』

と一言だけ俺に言ってくれた。

そして、偶然か必然か分からないけれど、交番時代に寮長だった分隊長が出世して本部にいて

『異端児!!お前が機動隊を変えろよ』

と、またも言われた。


二人の言葉を聞いて自分の中の迷いが無くなった俺は、本部を後にして機動隊に戻ったよ。


正しいかどうかなんて分からないけど、俺は自分の信じる道を全うすることにした。

中隊長が異動で何度か変わり、二人目三人目の時には上司の代わりに始末書を何度か書いたこともある。

『出世に響くから代わりにお前が書け』

と言われたら書くしかなかった。

それをキッカケに俺は隊員の始末書まで自ら書くようになったよ。

隊員にはつまらない始末書で出世に響いて欲しくなかったから俺の単なる自己満足にしか過ぎない。


勿論、4中隊から1中隊の伝令にきた二人の始末書も随分と書いたものだよ。

この始末書は俺と中隊長だけのやり取りだから、他の伝令は誰一人として知らなかったが

ある時、幹部室で始末書を書いてる時

俺が殴った同期から

『異端児!かっこつけてんじゃねぇよ!!』

って言われた。

何処から情報が漏れたか分からないが

『かっこつけてるかもしれんな…。だけど、これが俺の遣り方なんだよ。お前らは出世しろよ。

俺は、お前らより知らなくていいことや、見なくていいことを沢山見てしまったから…

これでいいんだ。

ただ、1中隊はまだ誰の手にも渡さん!』

と、そいつに俺は言ったよ。

この時、始めて奴といろんな話をした記憶がある。


その後からかな…

4中隊から1中隊に来て伝令になった2人が変わったのは。

彼ら2人が変わると、他の同期も変わってきて心強かったよ。


そして、半年後…

1中隊は本当に変わったよ。


変わったと同時に…

付き合ってた彼女が妊娠してしまったんだけどね。

その彼女は元奥さんで、

当時の上司に、妊娠の報告と結婚する意志を報告したら…


始末書を書かされたよ。


それも、俺が考えた内容ではない。

上司が自ら書いたものを写し書きさせられたよ。


いっぱい始末書を書いた俺だけど、この始末書だけは納得出来なくて副隊長に直談判した。


副隊長は、俺の目の前で始末書を破り捨てながら

『おめでとう!異端児君は逃げる訳では無く、キチント結婚するんだから、気にする必要などないぞ。

ただ、順番が逆になったことだけの話しでなんら問題は無い。

問題があるとすれば…

君がわざと昇任試験に落ちたことだな。』

と言われた。

『すみません!』

としか言えなかったよ。

その後にに、戸棚の鍵を開けて分厚いファイルを出したと思ったら…

全部、俺の始末書だった。

『これはね、隊長や本部には行ってないんだな。異端児君が、上司をはじめとして、みんなの代わりに書いたことを私は知ってるんだよ。

君は上に上がらないといけない人なのに…、敢えて試験に落ちるとは残念で仕方ないよ。

まぁ、異端児君なりの考えが有ってのことだろうけど…』

と、副隊長に言われた時は

俺を引っ張ってくれた中隊長や先輩達に本当に申し訳ないと思ったよ。

申し訳ないと心の底から思ったけど、自分のしたことに悔いが無かった俺がいたのも確かだよ。


機動隊時代、いろんなところに出動して、死ぬ思いを何度もしたけど、笑い話しも結構あったよ。


ただ…


8月12日の日航機の墜落事故だけは一生忘れられない。

あんな無惨な現場は見たことが無かったよ。


その出動を最後に、機動隊を除隊し、俺はパトカー勤務に異動した。


23歳の夏の終わりのことである。