元お針子店主のブログ

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元手作りバッグの店「らしく」の店主が、気ままで楽しい老後を目指し、時々バッグ作りを楽しみながら、
日常のことなど、思いつくままに

最近私如き年寄りの2月の記事に再びイイネが付いたこともあり、少し時間が経ちましたが、実は何と2度目の小泉今日子コンサートに行った話を書きます。

 

1月に始まった「KK60 KYOKO KOIZUMI TOUR 2026」は沖縄を残し2日間の武道館公演の5月3日最終日、再び娘から「明日行く?」との急な誘いに、「武道館初めてだから行く。」と応え、チケットは近くの席が追加出来たので、今回は小2の孫娘と親子3代で行って来ましたにひひ

 

九段下駅に着くと、駅のトイレには既に会場での混雑を避けて?長い行列が出来、ポスターの前にはスマホを向ける人集りが出来、武道館へ向かうと男女共にオフィシャルグッズのTシャツを着た人達が目立ち、道すがら孫は20人だ30人だと数えていました😁

 

 

我々はアリーナ席でしたが、左右に大きな縦型モニターが下がったステージの後ろ側も含め一般席も全館満席でした。真後ろ2階席は親衛隊の方達で占められ(今は女性ばかりだそうですが)、今回は駅のポスターの企画や参加パフォーマンスもあり、ペンライトの色や振り方もリードし、大いに盛り上げていました。

 

舞台装置も衣装も構成もNHKホールの時とは異なり、新鮮な感動を受けました。意外にもキョンキョンにとっては初めての武道館公演だったそうですが、ファン達も力が入っていました。多分ほとんどが今回のツアーに何度も観に来ているリピーターばかりだったと思われます。

 

何故なら、孫は開演前席に着くなり双眼鏡を取り出して、熱心に会場あちこちを眺めていると思ったら、何と「Tシャツ着た人を4百○○人まで数えた!」と報告したのです。よほどTシャツ姿の人が気になったのか、バードウォッチャーみたいにカウントしていたほどなのです目にひひ

 

孫は椅子の上に立ち上がっても高めの大人くらいの背丈なので、私の横に並んでペンライトを振っていましたが、シーンが変わって全員着席後、再び皆が立ち上がっても、なぜか立たず、しばらくしたら私に寄りかかり、その内床に降りて座席に上半身を伏せて眠り始めました目😳😧

 

GW中でも早起きして、バスでも電車でも立ち続けていたから疲れたのか、大音響のコンサート半ばで電池切れになったのですガーン 後の席の方にどうかしたのかと心配かけてしまいました💦

 

終わり近くにドラマ「続最後から2番目の恋」の挿入歌「T字路」が始まったので、急いで起こしました。次の曲「続・続・最後からに番目の恋」のエンディング曲「ダンスに間に合う」を孫が口ずさんでいることもあるので、見せなければと思ったのですにひひ

 

「T字路」の最中には、突然モニター画面に客席にいたW主演の中井貴一さんの姿が映し出され、照れながらも一緒に歌ったりして、会場全体に歓声のどよめきが起こりました。皆振り返って何処にいるのか探しました。ドラマ共演者の飯島直子さんと娘役の白本彩奈さんも並んで映りました。嬉しいサプライズでしたニコニコアップ

 

NHKホールの何倍ものファンの数に圧倒された武道館ライブでした音譜 親と娘を巻き込んで、家族で観に行ったファンはおそらく娘の他にいないと思いますにひひ

 

↑沖縄の最終公演は映画館で観られたそうです。すごいですね。

 

長い文章になりました。お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

近所の友人伊勢野千津子さん宅の桜がついに伐採されましたしょぼん 伊勢野家シンボルの桜がなくなるのは寂しい限りですが、仕方ないことなのですね。 長年ありがとうございました。

 

ソメイヨシノの寿命は60~80年だそうで、最近各地で倒木事故がニュースになったりしています。こちらの桜の寿命も該当し、幹に出来た空洞が大きくなり手当てもして、かなり枝も剪定して身を軽くしたりしてきましたが、最近は樹勢も衰えてきたように見えました。樹木医の診断と勧めにより、万一の倒木を避ける意味でも伐採を決断されたそうです。

 

朝9時半頃出掛けに通りかかったら、すでに枝は払われ、幹の切断に取り掛かっていました。昼頃用事を済ませた帰りに通ったら、最後にカットされた根元の一番太い部分を車に積むところでした。

 

↑切株の直径は1mくらいでしょうか

(白い部分だけが生きていて、中の赤い部分は既に枯れていたそうです)

 

私が今までに撮った記録写真?で振り返ってみました。かつては世田谷区の保存樹木で大ぶりの樹だったことが分かります。自宅をマンションに建て替えた際には枝を詰め、大分スリムになりましたが、3階からの目の前に咲く桜花の眺めが最高でした。

 

↑2013年3月21日 自宅建替え前

↑2階ベランダからの眺めが見事でした

 ↑2019年4月4日

↑2022年3月28日

↑2026年2月8日 衆院選の日

↑2026年3月27日 最後の開花

各地で暴風、北海道は雪、都内は真夏日となったGWの5月4日、娘の友人家族と一緒に、子供7人大人5人でバーベキューをしました。

場所は府中市郷土の森公園の多摩川辺りにあるバーベキュー場です。天気は上々晴れ 気温も快適、草原や木陰もあり、それほど混雑もなく、最高のシチュエーションでしたが、問題は強風でした。帽子は飛ばされるし、時折吹く強い風にコップが倒れ飲み物が溢れる事故等もありましたが、慣れてくると瞬間的に押さえたり、要領も良くなりましたにひひ😁


真夏日とは言えまだ5月、強めの川風のせいか気温は丁度良く、私は三女孫の相手をしながら、大きな空を眺め、南武線の鉄橋を通る電車やタンクが連なった貨車が通るのを眺め、快適な時間を過ごしました。
 

調理担当の父親2人は自分達が食べる暇もなく、子供達の食欲を満たすのに大わらわでした。お腹が一杯になれば、石にチョークで絵を描いたり、斜面やあちこち走り回ったり、デザートは恒例のマシュマロ焼きを楽しみ、帰りには公園の遊具で遊び、楽しい休日でした。

 

↑楽しかったね。また来ようね。

 

風が強かったので、様々変化する雲の写真が撮れましたが、Facebookの投稿グループ「ソラクモ」には1日1点の投稿がルールなので、選ぶのに迷います。なので、ブログで並べてみます。

 

 

 

引き出しから7、8年前のものと思われる何かの冊子の切り抜きが出て来ました。「やくみつるさんのお気に入りスポット」とあります。やくさんが独自に命名した岡本峠の風景が紹介されていて、多分良い季節になったら行ってみようと思って取っておいたのでしょう。

 

 

思い立ったが吉日と先週、早速ママチャリ散歩に出かけました。岡本公園民家園を訪ねる人は多いけれど、多分裏手にある八幡神社に行くのは地元の人位だろうと推測します。民家園に自転車を止め、民家園横の道を進むと突き当りに石の鳥居が見えました。

 

 

鳥居の先には男坂の急な石段がそそり立っていました目 右手に回れば女坂があるけれど、躊躇せず真っ直ぐ休まず48段を上ってみました。最近怪しい状態の膝を試す気持ちもあった気がします。問題ありませんでした👌

 

真ん中に手すりが設けられているけれど、上から下を見るとぞっとする角度で、落ちたら命はないだろうなと、よくあるドラマのシーンを思い出したりしました。

 

 

山の中のような雰囲気の鎮守の森のさほど広くない境内に、ひっそり静かにお社がありました。参拝後左横の坂を上ると裏手を回る山道が続いていて、左に出れば住宅街ですが、杜に沿って右に進むと静嘉堂文庫敷地の隅の裏口が現れ、角を曲がると女坂に続き1周出来ました。緩やかな階段状の道なのに、なぜか下りの方が膝に来て、休みながらゆっくり下りました。

 

↑女坂を振り返る。途中の左に見える階段を少し上ると境内に出ます

 

雲行きが怪しくなったので帰ることにしたけれど、国分寺崖線に位置する一帯はどのコースを辿っても大きな上り坂を避けられず、往きは下りなのでドミニコ学園横を通ったけれど、坂道が二つもあったし帰りはどうしようと悩みました。岡本三丁目の急坂はもちろん旧小坂家脇の坂もどこも路面に丸い滑り止めが彫られていて・・・だらだら川沿いを走っているうちに結局東名高速をくぐってしまい、大蔵運動公園裏の坂道に来てしまいました。

 

滑り止めは彫られていないけれど、その分長~い坂道で、電動自転車とは言え、一気には上れず、途中から引いて上ったのでしたガーンあせる

 

(*気付かなかったのですが、最初の写真に頭だけ写っている、鳥居の先石段横にある石灯篭は、地元に住む松任谷正隆・由美夫妻が平成8年に寄進されたそうで、名前が彫られていることは後で知りました。)

一昨日雨が上がった夕方のこと、何気なく窓の外に目をやると、アッ!虹だ!となり虹急いでベランダに出てスマホを向けるも電線が邪魔をしますガーン 慌てて3階へ移動。虹が消えない内にと焦りながら撮影しました😊 広い場所なら全体が見られたでしょうが、限られた視界ではこれが限界です。けれど、自宅から虹が見られるなんて目 幸運な奇跡の出来事でした音譜アップラブラブ

 


これまでの人生で、運良く虹が見られた確かな記憶は6回ほどしかありません。

 

最初は60年以上昔、叔母の家の2階から、当時は世田谷でも畑が広がっていた風景の中に、はっきりと弧を描く美しい虹の記憶です。虹の根元を歩いている人が見えて不思議に感じた覚えがあります。

 

次はずっと後年、97歳の父が入院中の緩和ケア病棟の屋上で見た虹です。入手したばかりで慣れないガラケーではうまく写真が撮れなくて残念だったのですが、父を思い出します。

 

次は10年位前世田谷通りで気付き、急いで歩道橋に上ってマンションの上に架かる虹の一部を見た時。

4年前には名古屋へ行った帰りの東名高速浜松付近で、大きな虹の切れ端が見られました。名古屋との縁が薄くなり、これで最後になるだろうと思った感慨深い名古屋行きでした。

 

 

そして去年旧友との熱海旅行からの帰途、東海道線の車窓から見えた海上の虹です。小さなトンネルに入る直前の一瞬の出来事で、写真は1枚だけですが、海にかかるアーチに感動しました。

 

 

そして一昨日になります。

仕事や子育てで忙しかった時代は、ろくに空を見ることもなく、虹にも気づかず日々を過ごしていたと言えるのかもしれませんしょぼんあせる