Yeakiful life -28ページ目

Yeakiful life

人生、楽しみましょ?

今日はコーチを担当しているバドミントン部の3送会でした


非常に感動した



だけどこれは前のコーチが半分以上大半育てた、ということを先輩から言われ、そーっすよね!っと言いながらかなりショックだった


最近自分は、この部活で何を伝えたいのか、伝えるべきなのかをずっと考えている


今日の3年生の言葉に、


「自分は前のコーチのやり方が好きで、正直に言うと替わった先輩達のやり方は好きではなかった」


と言われ、かなりショックでもあり、反面コーチという立場は憎まれ役であるべきなのかとも思った


前コーチには自分らも育てられて、本当にそのコーチの下でやれたことを嬉しく思うし、共感もしてるし尊敬している


だから、教えてもらったこと+自分たちのより良いと思う形で指導していくことが理想だった


でも実際はどうかと言うと、ただマネをしてるだけだったりその場しのぎで同じことをやったり


それはある意味、本来1年間一緒にやって身につける基本的な進め方を知らない俺達にとって正しい指導をすることは難しいこと、という風に言い訳をしてきたわけだけども


本来その行動(指導方法)に含まれる意味や効果を自分で把握できずにすすめていたということでそれに気づいたのは、後半くらいかなぁ


だからこそ前コーチがやってきたことが素晴らしいもので、到底無理!ってなってしまう(俺は前コーチのような性格ではないし)


今回の3年のような、バドミントン部で本当に良かったと思える部活は実際俺の理想であるし、指導をするならば指導を受ける側は終わった時にこのぐらい感じれるようにあるべきだと思う


そんで、高山は高山だから、高山の良いと思う指導をしな!と思うかもしれない


でも、考えることと、行動することは大きく違うんだよね


それはたぶん俺の中で暗中模索状態で、これはいけない、だとかいただけないと思うことに対して一貫性が持ててない状態だから、その考えをタイミングよく発揮できない


今日の朝まで俺は「やる気がないなら辞めたほうがいい」という考えが正しい、と思って指導してきたけど


でもそれはコーチとしての指導の責任を放棄してることになるんじゃない?という意見を聞いて


そうだなぁ、と納得することがあって、その違ったかぁ、て思うことが実際もう部員に影響してる部分もあったり

俺は本当は何を伝えたいんだろうって考える


きっとそれは1つや2つじゃないからすごく難しいのかなって思って


でも時間は限られてて


考えれば考えるほど前コーチのやり方が思い浮かびあがってきて、それをできない自分が想像できる


教育者としてどうあるべきなのか


学問として勉強をしてみたら幅もひろがるかもしれない


来年はそれは漠然とでも方向を決めて、壁にぶちあたるごとに修正できる形にしたい


高校生、週2回、バドミントン、学校


この環境の中で大学生である自分らができることやりたいことを見極められるよう頑張ろう


1年後、2年後、3年後、今日のような感動を味わえるように



では。