Yeakiful life -22ページ目

Yeakiful life

人生、楽しみましょ?

今日はバイトでした


疲れました


そんなことは置いといて



12時過ぎくらいだったか


真黒な浮浪者らしき人が店内に来る


その人はガチ浮浪者というよりは浮浪者だけどまともな方


まあ服ボロボロだし、全身黒いし、つめの間にはくそがたまってる。でもわりとしっかりした藁のサンダル


なぜか俺はそういう人と縁があるらしく


酔っ払いやちょっと頭いかれちゃってる人によくからまれているので


バイト先ではそういう人は自分担当になっていて今回も担当、というかからまれる


そういう人を相手にするとまず何を言ってるかわからない笑


とりあえずビールは聞こえたので生Bを置く。「ありがとう」


「二個目はないの?」と聞かれたので?顔をしたらもう一度言ってきて、ようやく「煮込み」の訳だと理解


た「うちはラーメン屋なのでラーメンはいかがでしょう」


ふ「それじゃつまみにならないでしょう!」


なるほどつまみが欲しいのかと気づき


た「それなら…餃子なんていかがでしょう?」


ふ「いいね」


餃子をオーダー「ありがとう」


「じょうじゅうのぼどるないの?」と言われ


あー…ついに何言ってるか分からない、と思ってよく使う、なんとなく笑顔で「すいません」という作戦に出たが


「惜しいな~ボトルがあれば頼んだのに」と言ったことが聞きとれた

ずっとこっちを見て(あ、こいつ分からないでうなずいたな)っと思われていたような雰囲気を出されたので


「ボトル、といいますと何のボトルですか?」と聞き返すと


ふ「じょうじゅう」


ああ、なるほど焼酎ね


た「焼酎は置いてないんですよ、ごめんなさい」


ふ「そんじゃ、またビール頼むわぁ」


と言われたので、この人はまともだ、と感じた



食べたあと しばらくして、指をさされラーメンを注文


出たはいいものの全然食べきれてなくて、酔いもまわってるからなんでしょうが


なかなか食えず、必死に食ってた




そこでバイト長が「あの人お金持ってるのかな、持ってなかったら110番だな」って言って


はっとした


確かに金大丈夫かよ、と思った


この時すでに少し愛着が沸いてたので本当に不安だった



食い終わって席をたった瞬間、自分はまあタイミングよいことにレジに


バイト長が何か話しかけたらしく


「酔ってるけどちゃんと払う…」うんちゃらかんちゃらなこと言ってたので


あーなんか言ったんだなと思った


そしてレジの前に



めちゃくちゃ緊張した


ちゃんとお金を払って笑顔で行って欲しかった


酔ってるけど、ちゃんと払うぞ、なんて言ってきたので


さらに緊張するとポケットから


ちっちゃく折り曲げられた5000円札と500円と100円と5円と1円数枚


ふ「どう?」


た「1620円ですので5000円札をお預かりしますね」


彼は見事お金を払ったのです!


しかし、彼は大丈夫?お金ちゃんと足りてる?と何度も聞き返してきて


「あとで足りないなんて言ってこないでよ」と酔ったからだで心配そうにいってきたので


ちゃんとレシートを見せて「お金はちゃんといただきました」と言うと


「そうかい、それにしても、あんちゃんいいもん持ってるね」と胸に拳を当てていってきたので


正直に「ありがとうございます」というと


「本当にありがとう」と両手を合わせて黙とうするようにして言ってきたので


すごく嬉しかった


そんで笑顔で店を出てまた両手合わせたので「またおまちしております」と言って見送った




ここ最近で一番人に言われて嬉しい「ありがとう」だった



完全な妄想だけど


心配そうにしてたとこや「あとで足りないなんて言ってこないでよ」と言ってたところやバイト長の言動から


きっとこの人は見た目から判断されて変な眼で見られたり


騙されたりしてたんだろうな、と


あとは煙たがられたり



なんかの形で手に入れた(もしくは持っていた)お金でうちの店に来た



だから心配そうにお金を出したり話したりしてたんだと思う


心配そうにっていうと誤解があるかもしんないけど笑顔で堂々とした浮浪者独特の自信の裏にある寂しさ



日本じゃ浮浪者っていったら頑張ってないひとってみられるけど


まあ俺は現実を知ってないだけもあるし、本当に頑張ってないのかもしれないけど


生活にガチで困ってああいう姿形になってるひとっていると思う(特にインド)



生活にガチで困ってる人の「ありがとう」ほど重たいものはないと思うし


まあこんな人ばっかじゃないのはもちろん知ってるけど、俺はなんかそういう人の中にも生活のサイクルがあって仲間がいて


ロマンを感じて生きてるような気がして、人間として興味深いなって思う


全部が全部じゃないです。これは言っときます


反感をくらうと思うんで



インドに行ったらそこらじゅうにいるわけで、さらには本当に眼が見えない人とか足ない人とか路上で寝て


俺みたいなやつらを見つけては必死に物乞いするわけ


どう思うんだろう、俺


何するんだろ、俺



分からん



でも今日の経験は非常に


嬉しかった


ちょっぴり泣きたくなった

おはようございます。


最近は月がきれいだなって思います。





人生で大切にしたいことの一つに「思い」があります。




ある人が工事現場の脇を通りかかり、汗を流して働いている数人の石工に、「何をしているのか」と問いかけた。



一人目の人はこう答えた。「これで食べている」


二人目は、手を休めずに答えた。「国で一番腕のいい石工の仕事をしている」


最後の一人は、目を輝かせて答えた。「教会を建てている」


またその人の隣で働いている人は続けてこう答えた。「この地域の心の拠り所を作っている」



世の中には金銭を目的に働く人がいれば、能力を高めるために働く人もいる。


大きなビジョンを心に描いて働く人がいれば、社会にどんな役割を果たしているのかというミッションを意識して働く人もいる。


いろんな目的で行動する人がいる。




俺は、行動の裏にある思いが熱いもんだとかっこいいと思うんだ。


そしてそれが人の心を動かすと思うんだ。


宗教っぽく言えば笑




自分の「思い」に正直になれない行動を辞めることは決して逃げじゃなくて、それなんかよりそれを我慢し続けてやり続ける方がよっぽど逃げてるように思うんだ。


いやだって思ってること、それを我慢し続けることを辞めることは決して逃げじゃないと思うんだ。



「思い」にのっとった行動をするためには自分の心に正直になってなきゃいけない。


でも、


夢とか自分の心が震えることって全て経験の範囲内なんだ。


だから狭い経験の中で夢を語ったって心震えたってその狭い空間の中で生まれたものにすぎないんさ。


だから心の旅とか苦しみとか楽しみとか、いろんな経験を拒まずに受け入れることが必要になってくると思うんだ。


世の中にはまだまだいっぱい素晴らしいものがあふれてるはずだから、それにいち早く触れてそれを自分の「思い」と結び付けてゆけたらと思う。



その一環として俺はインドに行く。


まだ見ぬ、知らぬ異境の地で、一体に何を思うのか、何を感じるのか。


知っていることなんて、想像つくもんなんて経験しなくていい。


予想だにしなかったことに本当の価値がある。


だって知らないものに出会えたのだから。それは自分の心の震えるポイントが見つかる可能性が上がるんだ。



俺はどんだけ狭い目で世の中を見て決めつけているのか、そう考えると恐ろしい。


だから重要なことは、その自分の小ささを知って、常に学ぶ器を持っておくこと。


自分の範囲を狭めないようにするために勉強はあり、そういう思いを忘れないために意味もなさそうなテストもする。



何千人が同じ会社や同じ資格や同じ地位を持つわけだから、本当に重要なものは資格とか会社じゃなくて、唯一無二の経験と自分が納得できるような「思い」だと思うんだ。



そこを忘れないで生きていきたいと常に思う。





なんにせよ、月がきれいだ。