2002年8月







藤鎌市の最終3次試験の日がやってきた。

3次は、健康診断と面接だ。


まずは今日の健康診断。

あさって個人面接やって終わり。



今までの試験は面接の日以外は私服で行ってたんだけど、

3次からは面接じゃなくてもスーツを着ていくことにした。

もうここまできたんだから、後悔だけはしたくない。


健康診断の集合場所に来て驚いた。


最終試験に残ったのが17人だったからだ。

だいぶ減ったな・・・。


でも、たしか採用は10人程度って書いてあった。

だから、ここからあと7人が落ちる。


17分の10。


落ちたくない・・・。


俺にはひとつ、大きな不安があった。


最近の試験とガードの毎日で、

精神的にも肉体的にもかなり削られていたのか、

ここにきて、また腰が痛くなってきていたのだ。


腰は、前にヘルニアをやっていた泣き所で、

今は座敷に座ってることができず、

座骨神経痛まで発症していた。



七瀬さんはたしか、

キャビンアテンダントの最終試験、腰が悪くて落ちた。



こっちは体が超資本である、消防の採用試験だ。

17人の中に腰痛の人がひとりいたら、

俺が採用担当ならまずそいつを落として16人に絞る。


だから、絶対に腰痛がバレるわけにはいかない。



健康診断は特に問題なく進んでいた。



しかし、



「これから腰の検査をします。」



マジか!?


なんというタイミング・・・。

俺は血の気が引いた。



仰向けになった俺に医者が話しかける。


「はい、じゃあ片足を真っ直ぐ上げてください。



うっ!

あ、上がらない・・・。




「あれ?ちょっと抵抗があるかな?」




く、くそ、

こうなりゃ、なるようになりやがれ!



俺は意を決して、思いっきり足を上げてみた。


反動も使って無理矢理上げたんだが、

それを見た医者は、



「あ、上がるね。はいOK。」



バレずにやり過ごすことができた。


よかった。

たぶん、この医者、ヤブだ。



なんとか無事に健康診断を終えた俺は、

翌々日、今度は面接試験に臨んだ。



今回は受験生1人に対し、

向こうは3人。

それも、たぶん、ここの会社の首脳陣だろう。



なんで、藤鎌市なの?


なんで、消防を受けたの?



長男でしょ?親はどう思ってるの?





色んなことを聞かれたが、


短所は?


という問いに対する俺の答えで、

首脳陣からどよめきのような声があがった。


それはなぜかというと、





「空気が読めないことです。」




と、答えたからだ。


短所を聞かれた時の面接のセオリーは、


一つのことに集中し過ぎてしまうところです。


など、短所を答えてるようで実は長所とも受け取れそうな、

自己アピールに繋がる受け答えをすることだ。



そこで、ガチ短所に聞こえる回答をした俺を見て、

こいつ、バカか?

と思ったんだろう。



本当は、


空気は読めなかったが、大学時代の様々な経験を通じて、

徐々に改善していった



という、欠点を克服しましたよアピールをするつもりだったんだ。


しかし、どうやって克服したのかの説明があまり上手くできず、

ちゃんと伝わったのかとても不安になった。


読めない子のレッテルを貼られてやしないだろうか。





そんなこんなで試験を終えた俺は、

その足で大磯に戻った。


もちろんガードをするためだ。


翌日もガード。



その翌日もガード。



来週、東京の短大卒以上用の試験と、

静岡の熱河市の試験を控えていたが、


ガードを休む気にはなれなかった。

大磯はまだクラブ発足2年目。

俺たち4年生がいなくなったら、

それこそガードのレベル低下は免れない。


さらに、台風の接近に伴い、

週末にかけて、波のサイズが大きくなっていた。





それは8月11日のことだった。


各地の海水浴客数が、どこもピークに達してる夏の日曜日。


ここ、大磯も例外ではなく、海が芋洗い状態になっていた。


その時間のパトロールを終えて、

俺が本部前でシャワーを浴びていた時、






「重溺!重溺発生!!」





という無線が入った。



慌てて蘇生器材を持って現場に駆けつけると、

中年のおじさんが、ガードメンバーに助けられて、

浜に横たわっていた。




またか・・・。


でも、意識はあった。


重溺じゃないぞ・・・。

これなら助かるはずだ・・・。




俺は回復体位という、溺者を横向きに寝かせる体位を取らせ、

必死に呼びかけを行った。



結局、救急車で運ばれ、

その後、無事が確認された。




よかった。ほんとによかった。


こういう時、この活動をやっていてよかったと思う。




しかし、その5日後、

湯河原の海で、溺水死亡事故が起きた。


湯河原にとってはこれで今年2人目の犠牲者だ。


同じCRESTの仲間たちが所属している海で、

このような悲しい事故が起きてしまったことは、

とても悲しかったが、

それでも俺たちは前を向くしかないと思った。



週が明けると、再び就活モードに突入した。


静津市がまさかの不合格に終わり、

もし藤鎌市まで落ちてしまっても、

浪人だけはなんとしても避けたかったので、

受けれる日程の試験はほとんど申し込んでいた。



東京の2類、熱河。




でも、どっちも手応えは悪かった。


勉強を夏に入ってからは全くしていなかったので、

藤鎌を受けてた頃より、だいぶ学力が落ちていたのだ。



この2つはたぶんダメだ。



だから、やっぱり俺にはもう藤鎌市しかない。


祈る気持ちで毎日を過ごしていた。


ガードも入ってはいたが、

申し訳ないが、試験結果が気になり過ぎて、

ちょっと、集中力が散漫になっていたかもしれない。



そしてとうとう試験結果発表の日がやってきた。


ガードを終えて、帰宅すると、

郵便受けの中に手を突っ込む。



封筒の感触。

これは間違いなく藤鎌市からのもので、

開けると今年の就活がうまくいったか、

いかなかったかの判定がなされるのだ。



お、思ったより薄っぺらい・・・。


大丈夫なんだろうか・・・。


サクラチルとか書かれてなきゃいいが・・・。




それから5分後、







気が付くと、俺は七瀬さんに電話をかけていた。




少し涙ぐみながら、





携帯を持つ手を震わせながら、








興奮を必死に抑えながら。






俺は見事に合格していた。


必死に岡村さんの背中を追いかけてきたが、

とうとう憧れの人と同じ職業につくことが決定したのだ。



電話を切ったあと、考えた。




なんで、受かったことを家族でも友達でもなく、

七瀬さんに一番に知らせたんだろう。



もう無いよ。

あの人は無いんだ。



でも、たぶん、


俺にとって、



俺のこれまでの大学生活の中で、

一番大きな存在だったんだろう。




好きとか嫌いとかじゃなく、


一番最初に伝えたいと思ったのがあの人だったんだろう。




電話を切る前に、聞いてみた。




「こんどデートしてください。」





返ってくる答えはわかってたが。


ついつい聞いてしまった。





ガードは結局45日入った。


その結果、今年の夏に得たものは3つ。





無事故と、





就職と、






そして、





七瀬さんへの俺の本当の気持ちだ。