2000年7月。

















とうとう西浜で迎える初めての夏がやってきた。




初日がいきなりの土曜日。




緊張の中、浜へ辿り着く。




広い・・・。


広すぎる・・・。


こんなところでガードするのか・・・。


さすが日本一と言われる浜だ。






そんなこんなですぐにガードは始まった。




とはいっても、今年は我がCRESTから14人、

東海大の清水校舎のライフセービングクラブ、通称LOCOから2人、

さらには、別の大学から個人的に参加している1年が2人、

そして、日体大のライフセービング部を卒業して、

鳴り物入りで西浜に移籍してきた秀吉さんという先輩の、


実に19人が1年目として西浜に参加していた。


そのため、一人一人に説明してたらラチがあかないということで、

最初のほうは、みんなあまりポジションに入らず、

先輩方による、西浜のいろは的なことを教わる時間にほとんどを費やされた。





もしもの時の、救急車を案内する誘導口の確認、

心肺蘇生法の吹き込みを行う機材である、アンビューバッグの使用法、

大気中の空気より、より濃度の高い酸素を送るための機材、ロバートショウ、

監視体制の準備から、旗のあげ方、さらには挨拶方法など、

ありとあらゆることを教わった。



先輩方はみんな優しかった。



そんな中、一番、モチベーションが上がったのは、








10回ガードに入ったら、有給のライフセーバーである「ライフガード」として認められる。








というルールだった。



同学年ながら、西浜2年目である、潤達は当然初日からライフガードで、


着ているユニフォームも自分たち1年目のものとは違っていた。





早くこいつに追い付きたい・・・。





「潤はボードも速いしガードもできるから」





俺もそういう評価を得たい・・・。



そう思って必死にガードした。







一通りの説明が終わり、いざ浜に立つと、


すでにそこは、自分の知っている浜ではなくなっていた。







海開きで快晴ということもあり、


客は万単位に膨れ上がっていたのだ。







こ・・・これが、西浜か・・・・・・。




これが、去年2人の死亡事故が起きた西浜か・・・。








何万人の客を、30人弱の人数で警備する・・・。

一人のミスも、即命取り・・・。





緊張が全身を駆け巡った。







溺れそうなヤツはいないか・・・



サーファーが入ってこないか・・・



パラソルは飛ばないか・・・



酔っ払いはいないか・・・



迷子はいないか・・・





あと、何に気をつければいいんだっけ・・・??







とにかく無我夢中だった。




そんなこんなでなんとか初日と2日目の警備を終えた。




こんなに緊張するガードは生まれて初めてで、

今までに感じたことのないような疲労感に襲われたが、



でも、





これが、高校3年の時、あの本と出会ってから、

俺がずっと思い描いていたライフセービングだと思った。






早くここで認められたい・・・。




早く潤に追い付き、追い越し、


そして七瀬先輩にも認められたい・・・。




そう思った。






2日間のガードが終わり、しばらく学校のテストが続いた。



そんなある日、七瀬先輩に聞いてみた。






「大田さんと棟田さん(いずれも部の先輩であり、西浜では同期)、
そして川田(部でも西浜でも同期)と自分がいます。
4人を頼もしさの棒グラフで表したら、どんな感じになりますか??」






「うーん、大田はあるね。
アダコーは2ヶ月後にもう1回聞いてよ」






「わかりました。まじ見ててくださいね!」










この頃、俺は知っていた。









天海君と七瀬先輩が破局していたことをっ!!!






付き合ったものの、長続きできなかったのだ。



天海君には悪いけど、






チャンス到来!!!






この夏で、俺が飛びぬけて頼もしい存在になり、


そしてそして、









七瀬先輩と付き合ってみせるんだーっ!!!!!!










ガードで結果を出す。


潤を追い抜く。


そして七瀬さんと付き合う。









俺のモチベーションはピークに達していた。







まずはガードだ。





俺はひたすらガードに入った。




水曜日に提出しなければならない課題のレポートを、


月曜日に出して、水曜日を休みにしてガードに入ったり、


2コマしか授業が無い日は、サボッてガードに入ったりした。




するとどうだ。




7月18日のガードで、1年目最速タイで、10回目に達したのだ。







その日のガード後、パトロールキャプテンの新木さんから、

先輩方と同じ、有給で一人前を表す、ライフガードユニフォームをいただいた。







「おめでとう。もう一人前だね。わからないことはもうないよね?」







・・・ん?


なんか周囲の見る目が変わった気がした。







次の日、他の1年目メンバーがライフセーバーのユニフォームを着ているのに対し、


俺はライフガードのユニフォームを着ていた。






でも、ここから先輩方が豹変した。








「おい!アダコー!早く旗をあげろ!」




「アダコー、なんで満潮時間がわからないんだ??」




「地形チェックに何分かかってんだ?おまえライフガードだろ?」







今までの優しい先輩たちは、もうそこにはいなかった。




とりわけ、普段から何かにつけて、俺にばかり怒る智春さんがおっかなかった。






智春さんは、普段は先輩同士で気さくに話しているのに、


俺の前になると態度を急変させ、そのメリハリというか、

切り替えが恐ろしく早くて、常に俺は緊張せざるを得なかった。



おまけに常にサングラスをかけているので、どんな目をしているのかもわからず、

俺にはターミネーターのように見えた。





西浜は、江の島寄りのエリアである「本部エリア」と、

鵠沼海岸寄りで波の立ちやすい「詰所エリア」とに分かれていた。



その日の終わりにいつも、翌日のメンバー配置がホワイトボードに表示されていて、




俺はなぜか、ほとんど智春さんと同じほうのエリアに配置されていた。











ライフガードの初日である7月19日、事件は起きた。







その日も、俺は、智春さんと同じ、「詰所エリア」に配置されていた。



智春さんは、その日の詰所の最高責任者である「チーフ」を担当していた。




そんな智春チーフの目の前で、俺はいつも以上にミスを重ねた。








まず、救助用ゴムボート「IRB」の準備に手間取った。






「おい!オマエ何分かかってんだ!日暮れちまうぞ!!!」





あわてて準備してたら、IRBと燃料をつなぐコネクターを砂に落とした。





「オメェ!なにやってんだ!洗え!」





俺は水でプラグを洗った。






「ガソリンのプラグ、水で洗うバカがどこにいんだ!!!」
(ガソリンで洗わなければならない)








ミスを取り返そうと、急いで詰所に向かったら、途中でサンダルを持ってき忘れたことに気づき、

あわてて取りに戻ってから詰所に向かったら、一番最後の到着になってしまった。







「お前、なんで俺より後に来てんだ??準備ナメてんのか!?」









なんとか気を取り直して、パトロールに出たら、浜にネコの死骸があるのを発見した。




こういうのは、お客さんの気分を害する恐れがあるため、すぐに報告して、

スコップで埋めなければならない。




俺は教わった通りの手順で、トランシーバーを使い、スコップを持ってきてもらう依頼をした。


ほどなくして、同期がスコップを持ってきてくれて、俺はすぐにその場に埋めた。



すると、聞きなれたあの人のおっかない声がシーバーに入ってきた。





「#$&*てんだ?」





「はい?もう一度お願いします」








「#$&*てんだ??」




「も、もう一度お願いします。」






智春チーフは言い方を変えない。







「#$&*てんだ??」




「すいません、もう一度お願いします」









「もういい。帰ってこい」




「了解しました!!」







こんどのは聞こえた。





俺はもうダッシュで詰所に戻った。



すると、朝よりもう1段上をいくどなり声が響いた。









「オメーよ!ネコ気づくのはいいよ!スコップもってきてくださいもいいよ!



でもな、どこ埋めてんだよ!!!



そんな波かぶるトコに埋めてたら、また出てきちまうだろーが!!!!!」






「す、すいません・・・」







「もういいよ。とりあえず昼飯食え。」










俺はすっかり意気消沈した。





食後、すぐに、詰所前の監視タワーに登った。



どうやら、チーフの目の前で、俺の動きを見はられるようだ。








緊張のあまり、俺は腹が痛くなった。




大丈夫と言い聞かせていたが、それは次第に激痛に変わった。




俺はトイレに行きたいことを伝え、同期にポジションを変わってもらい、

トイレに駆け込んだ。






ああ・・・。ポジションに穴をあけてしまった。


あれだけ、休憩中にトイレは済ませておけと言われていたのに・・・。


戻ったら、きっとまた怒られる・・・。


はぁ・・・。もうカンベンしてくれ・・・。


このまま帰ってしまいたい・・・。


そろそろ殴られたりしちゃうのかな・・・?






・・・・・・。



行くしかねぇ!

たぶん地獄が待ってるが、とりあえず行くしかねぇ!





俺は意を決して、ダッシュで詰所に戻った。







「もどりましぃーーーうおあったっ!!!」








勢いよく詰所に駆け込んだら、足を滑らせて、もんどりうって転んでしまった。


その拍子に、レスキュー機材で最も重宝される、アンビューバッグを落としてしまった。



でもそんなことには気づかずに、




「すいませんでした!詰所前に戻ります!」



と言って、俺はタワーに戻ろうとした。












「待てコラァーーーーーっっっ!!!!!!!!!」










隣の海の家にも響き渡るほどの怒声が鳴り響いた。









「オメェなんなんだよ!!!アンビュー落としてんだろ!!!
オメーふざけんなよ!!!ポジションに穴開けて、外出してもネコ埋められなくて!
IRBの準備もできなくて!!!オメーは何ができんだよ!!!!!
こんなヤツ、どうやって使うんだよ!!!!!
もういいよ。オメー。後ろ座ってろ!!!!!!!」










とうとう俺は、ポジションにすら入れさせてもらえなくなった。





ただ、どうしても座ってることだけはできなくて、俺はずっと立っていようと決めた。








俺が抜けて、一人足りなくなった詰所は大忙し。


2時間連続でポジションに入る者も当たり前の状態になった。






俺はとにかく必死で立っていた。







何やってんだ俺は!






何やってんだ俺は!!






何やってんだ俺は!!!









時刻14時半を指していた。






警備終了の17時までの2時間半、俺はずっと立っていて、


ただただ、なんでこんなことになったのかと自分に問いていた。








2時間半という時間はとてつもなく長かった。








警備終了後、俺は一人、新木キャプテンのところに行った。











「すいません。自分にはまだ早かったです。」











俺はライフガードのユニフォームを返却した。







そして、そのまま、ひとり、レスキューボードでパドリングをして、





誰もいない沖に向かった。







何分パドルしただろう。



気がつくと周囲には誰も、何も無くなっていた。







周りに誰もいないのを知ると、目から熱いものが込み上げてきた。













「うああああああああーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!





なんでだ!




なんでだ!!




なんでだぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
















俺は今まで出したことのないような大きな声で叫んだ。