2000年2月。








とうとう人生初の飛行機に乗る時がきた。



空港までは先輩が車に乗せていってくれた。

成田空港が目前に迫った頃、その先輩がおもむろに語りだした。




「お前の代の浜決めはモメたんだぜー。
で、なんでお前が平塚になったか知ってるかー?」




「いや、わかんないっす。」





「平塚がどうしても香織を獲りたくてさ。
香織はどの浜も欲しかったから、監視長の哲生が言ったんだ。
じゃあアダコー引き取るから香織いいだろ!ってね。アハハ~」








・・・・・・・!!!!


お、俺は周りの説得材料・・・

こういうの、バーターって言うのか・・・?


ってか、これからオーストラリアに行くってタイミングで
なんでこの人はこんなことを・・・。








さらに、空港に着いてから、別の先輩から、




「えー、今日、向こうで大波にまかれて頸椎損傷になって、
病院に運ばれた人が出たみたいです。半身不随のようです。
今ならまだ帰れるぞ。帰りたいヤツはどうぞ!」





な・・・なんてこったい・・・。

オーストラリアってそんなとこなんか・・・。





こうして俺は、ショックと不安に打ちのめされて向かうのだった。





初めての飛行機は緊張した。

乗り物酔いのある性分なので、
いきなり酔ったら10時間以上それに耐え続けなければならない。


でも、乗ってみれば酔うことはなかった。

不安で眠ることもあまりできなかったけど、なんとか無事にたどり着いた。






ついに来たぞ。オーストラリア・・・。





当たり前だが、2月のオーストラリアは暑かった。


昨日まで冬だったのに、いきなりの夏。

待ったなしでやってきた夏。




ソーリーというあだ名の変なじいさんが迎えに来てくれていて、
言われるがままに車に乗せられた。


車の中で、ソーリーさんは、日本人にもわかるような
たどたどしい英語で語りだした。









「ココデハ、オレガクエトイッタラクエ!ネロトイッタラネロ!ワカッタナ!
オッ!カワイイネーチャンガアルイテルゼ!ヘイ!マン○ー!マン○ー!」








・・・というようなことを言っていた。

なんだこの下品なじーさんは・・・。








そして30分だか1時間だかが経ち、
今回の旅の目的地、ワンダというところにやってきた。







着いてみると、さっそく先着組が真っ黒に日焼けしながら練習をしていた。


そして初海外という感傷に浸る暇もなく、自分たちもその練習に参加することになった。




ここでは、ソーリーさんが神様で、ソーリーが言うことは絶対のようだった。




日本で行われている、海でライフセービング活動をするために必要な資格を、
ベーシック・サーフ・ライフセーバー(通称「ベーシック」)というんだが、
そのベーシックのオーストラリア版を、
ブロンズメダリオン(通称「ブロンズ」)というらしい。


2月はずっとワンダの海で、
そのブロンズを取得するための講習会を受けることになっていた。


俺は先着組より数日遅れていたので、着いてすぐに練習への合流を命ぜられた。



去年の夏にベーシックは取っていたが、ブロンズは微妙に動きの一つ一つが異なっていて、
しかも発語が全て英語ということもあり、なかなかうまくできなかった。


そしてなにより、海で溺れた人を想定して、実際に海に入って人を助ける練習は、
日本では考えられないような大きな波の中で行うので、
ものすごくタフな練習になっていた。





俺はボードで波に乗れたこともない。


そしてフラットの波の時でもひっくり返って海中に落ちるくらい
ボードのパドリングがヘタだった。


そんな俺がオーストラリアの大波の中にボードで入っていく。



当然うまくいくことなどありえなかった。






それでもお構いなしに講習会は続き、

時には泳ぎ、時にはパドリングし、そして時には学科もある講習会は毎日午前午後行われ、

それ以外にも朝練と夕練があったので、

ありえないくらい毎日クタクタになるのだった。





さらに、ここワンダには、東海大のメンバーだけが来ているのではなく、
新潟産業大学や拓殖大学のライフセービングクラブも来ていたので、
知らない者同士、大人数での団体生活を送らなければならなかった。



当然ソリの合わない人間もいて、

というより、自分は変わり者と見られていたので、

ソリの合いそうな人間を探すことのほうが難しかった。




ある時、相変わらず何もできない俺をバカにしてきた他大の上級生と賭けをした。










「俺の19歳の誕生日である2月26日に、
練習についてこれたらジュースをおごってもらう」








安い賭けだが、俺ができるわけないと思って言われてたのはわかっていたから、
俺は乗った。



見てろよ。


必ず全員ブチ抜いてやるからな・・・。


俺はそう決意を固めて布団に入るのだった。