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沖縄の夏を代表する祭り、エイサー。

その中でも、沖縄県内最大規模のエイサー祭りとして知られているのが、沖縄市で開催される「沖縄全島エイサーまつり」です。

 

2026年で第71回を迎えます。

 

1956年に始まったこの祭りは、なんと70年もの歴史を持っています。

しかも、始まった1956年は、まだ沖縄が日本に復帰する前。

当時の沖縄はアメリカの統治下にありました。

そう考えると、この祭りが歩んできた歴史には、単なる伝統芸能とは違った物語が見えてきます。

1956年、沖縄はまだアメリカ統治下だった

沖縄全島エイサーまつりの前身は、1956年に始まった「コザ市・エイサーコンクール」です。

 

1956年といえば、日本では戦後の復興が進んでいた時代。

一方、沖縄はまだ日本への復帰前で、アメリカの統治下にありました。

当時のコザは、米軍基地と深い関わりを持ちながら発展していた商業都市でした。

ところが、米国民政府による「オフ・リミッツ」と呼ばれる規制によって、米軍人・軍属やその家族が民間地域へ出入りすることが制限されると、コザの商工業者は大きな打撃を受けます。

街は活気を失い、市民の間にも暗い空気が広がっていました。

そこで生まれたのが、

「エイサーで元気を取り戻そう」

という発想でした。

沖縄市の公式資料でも、このことが祭り誕生の背景として紹介されています。

エイサーが「街を元気にする力」になった

エイサーは、もともと沖縄の旧盆に行われてきた伝統芸能です。

地域の青年会が中心となり、太鼓や歌、踊りとともに地域を練り歩きます。

現在のような大太鼓を使った迫力あるエイサーだけではなく、地域によってさまざまな形がありました。

 

そのエイサーを「競演」という形で集めたのが、1956年のコンクールでした。

第1回大会には沖縄全島から9団体が参加し、なんと約3万人の観客が集まったとされています。

街を元気にするために始めたイベントが、最初からこれほど多くの人を集めたというのは驚きです。

実は「今のエイサー」の形にも大きな影響を与えた

このエイサーコンクールは、単に地域の青年会が踊りを披露するだけの場ではありませんでした。

隊形、技、人数、衣装などを工夫して競い合うことで、

「どうすれば観客を魅了できるか」

という意識が生まれていきます。

その結果、太鼓の人数を増やしたり、衣装を華やかにしたり、隊形を工夫したりするなど、現在私たちがイメージする「魅せるエイサー」へと発展していきました。

 

1956年のコンクールが現在のエイサーの形の発展につながったとされ、この祭りはエイサーを保存しただけではなく、エイサーそのものを大きく発展させた舞台でもあったのです。

「コンクール」から「まつり」へ

長く続いたエイサーコンクールですが、やがて一つの問題も出てきました。

エイサーは地域によって美しさや特徴が異なります。

それぞれの地域が大切にしているエイサーに順位をつけることは、次第に難しくなっていきました。

そして1977年、第22回から「コンクール」という形をやめ、

現在の「沖縄全島エイサーまつり」へと変わりました。

「競う祭り」から「みんなで魅せる祭り」へ。

これも、この祭りが70年続いてきた理由の一つなのかもしれません。

沖縄復帰の前から、復帰後の沖縄まで

1956年に始まった祭りが、1972年の沖縄返還を越えて続いてきたというのも興味深いところです。

アメリカ統治下だった時代。

そして沖縄が日本へ復帰した時代。

さらに現在の沖縄へ。

その時代の変化を、このエイサー祭りはずっと見つめてきました。

1974年にはコザ市と美里村が合併して現在の沖縄市が誕生。

祭りもその街とともに歴史を重ねていきました。

現在は3日間にわたる沖縄最大級のエイサー祭り

現在の沖縄全島エイサーまつりは、3日間にわたって開催されます。

 

初日は、コザの街をエイサーが練り歩く「道ジュネー」

「道ジュネー」とは、エイサーを踊りながら地域の通りを練り歩くものです。

もともとは沖縄の旧盆に行われてきた伝統的な行事です。

 

2日目は「沖縄市青年まつり」。

そして最終日は、沖縄県内各地から青年会などが集まる「沖縄全島エイサーまつり」*の本祭です。

三線、歌、太鼓の音が響き、大勢の踊り手が一斉に演舞する光景は、まさに沖縄の夏を象徴するものです。

現在では3日間で約30万人以上もの観客が訪れる、沖縄を代表する夏の祭典となっています。

2026年は第71回

2026年の沖縄全島エイサーまつりは、

2026年9月4日(金)~9月6日(日)

に開催されます。

会場は沖縄市のコザ運動公園陸上競技場と、胡屋十字路周辺です。

2026年の見どころ

9月4日(金)
「道ジュネー」

コザの街をエイサーが練り歩きます。

9月5日(土)
「沖縄市青年まつり」

9月6日(日)
最終日。

県内各地から集まった青年会などによるエイサーが披露されます。

70年続いた理由は「エイサー」だけではない

1956年、この祭りは「街を元気にする」という思いから始まりました。

それから70年。

時代は大きく変わりました。

沖縄はアメリカ統治から日本へ復帰し、コザも沖縄市となり、街の姿も変わりました。

それでもエイサーは残りました。

そして、青年会から青年会へ、地域から地域へと受け継がれてきました。

だから沖縄全島エイサーまつりは、単なる大きなイベントではないのだと思います。

戦後の沖縄で、人々が街に元気を取り戻そうとしたところから始まった祭り。

そして、その思いを70年にわたって次の世代へつないできた祭り。

そう考えてからエイサーを見ると、あの力強い太鼓の音も、踊り手たちの表情も、少し違って見えてくるかもしれません。

沖縄の夏を代表するエイサー。

その一番大きな舞台が、沖縄市・コザで開催される沖縄全島エイサーまつりなのです。

基本情報

第71回 沖縄全島エイサーまつり

開催日:2026年9月4日(金)~9月6日(日)

会場:沖縄市コザ運動公園陸上競技場・胡屋十字路周辺

初日:道ジュネー

中日:沖縄市青年まつり

最終日:沖縄全島エイサーまつり

※開催時間や出演団体などは変更される場合があります。訪問前に公式サイトで最新情報をご確認ください。

公式サイト:沖縄全島エイサーまつり実行委員会