今日をどう選んだか

今日をどう選んだか

くらし、からだ、仕事、子育て。
正解のない中で、今日をどう選んだか。


ゴールデンウィークに、家族で魚釣りへ行ってきました。

釣った魚をバケツへ入れた瞬間、
魚がビチビチッ!!と跳ねて。

次男が

「あぁ〜!!」

と言ったので、
怖かったのかな?と思ったら、

「次男くんのさかながぁ〜!!」


って。笑

どうやら、
“怖い”ではなく、

「食べる魚が逃げちゃう!」

の方だったらしい🤣

我が家、
魚を丸ごと食べることが割と普通で。

今回も、
マグロの頭を破格でゲットして、

頭肉はお刺身、
目玉は煮付け、
今日は頬肉をステーキに。



「これどうやって食べるの?」
と言われそうな部位でも、

私は子どもの頃から
父が調理師でいろんな魚料理を見て育ったので、

“これは焼きかな”
“これは煮付けが合うな”

みたいに自然と考えていることに、
今回あらためて気づきました。

食に関しては、
かなり英才教育だったのかもしれない。笑

でも、
ふと思ったんです。

これって、
「教え込まれた」
というより、

生活の中で自然と身についていった感覚だなって。

釣った魚が跳ねること。

さっきまで泳いでいたこと。

食べるまでにつながっていること。

「いただきます」の意味。

そんなことを、
わざわざ授業みたいに教えなくても、

生活の中で、
会話の中で、
自然と伝わっていくこともあるのかもしれない。

教育って、
“教えること”だけじゃなくて、

どんな空気の中で暮らしているかも、
実は大きいのかもしれないなぁと思った
ゴールデンウィークでした。